「……あなたが『マスタング』さん、ですね?」
ロゼッタは尋ねた。
「僕の名はエイヤ。」
少年は答えた。
彼は少年といって差しさわりのない年頃に見えた。
少なくともロゼッタには同年代のように思えた。
黒い髪に浅黒い肌、茶色の瞳は先住民のものと見て間違いなさそうだ。
端正で無駄なマッチョさのない、それでいて触れれば切れそうな鋭い容貌は、確かにマスタングと呼ぶにふさわしいように思えた。
「誇り高きジャルヤー一族の………生き残り。それが僕だ。」
ロゼッタは、まっすぐ自分に向けられた瞳から、正確な強い憎悪を感じた。
生き残り………彼の部族に、いったい何が起きたというのだろうか。
ロゼッタののどに突きつけられた剣は、刃渡り1メートルほどの両刃細身の剣だった。
鍔はないようだが、柄の後端から何か色とりどりの紐のようなものが下がっている。
儀式などのための祭器だったのだろうか。
ロゼッタの顔が映りこむほどに磨かれた刀身は、その美しい直線を月明かりの下に晒し、青白く輝いていた。
その切っ先は一ミリたりとも動く様子はない。
ロゼッタも慎重に銃を構える。
左手でしっかりと銃をささえ、右手の人差し指は、いつでも全力でトリガーを引ける位置にあった。
極限の緊張と沈黙が、二人を包み込む。
お互いの呼吸音が、異様に大きく聞こえた。
機を待つ。ただ機を待つ。
その沈黙は永遠に続くようにすら思えたが…
「私の名前はロゼッタ・インステア……。以後、お見知りおきを。」
……月光が、陰る。
キン、という高い音とともに、ロゼッタの銃が剣をはじいた。
と同時に、ロゼッタは後ろに飛びのきつつ弾丸を放つ。
響いた銃声は、一発。
すでにエイヤと名乗った少年は、ロゼッタから見て真横に走り出していた。
回り込まれるとあまりよくない。
ロゼッタも追う。
梁の高さは約50センチ。
ロゼッタは時折左手で体を支えながら、姿勢を低くして走った。
速度は出ないがそれは向こうも同じ、梁を巧みに飛び越えてはいるが、二人の軌跡は平行線だ。
この状態ではハンマーも上げられない。
銃を構えてはいるがロゼッタは撃たなかった。
ついに屋根裏の突き当たりで二人は対峙した。双方の距離は5メートル強。
雄たけびを上げつつ走りこむエイヤを正面に見つつ、ロゼッタはハンマーを上げて……
体が重力を失った。
エイヤの踏み切りに耐えられず、腐った屋根裏の床が崩壊したのだ。
ばらばらと舞い散る木片とほこりに視界を奪われつつも、何とか受身を取ったロゼッタは、さっき見かけた白いキノコのことと、そこが誰もいない倉庫だったことを思い出した。
前方の視界が確保できない。
このままではいい的だ。
すばやく横に転がり、とにかく隠れられる場所を目指す。
マスタングの気配が、確かに前方から伝わってきた。
壁際の、木箱で陰になっている部分に身を隠し、改めて索敵を開始する。
さっきは前方に人影を見た気がするが、このほこりではやはり確認できない。
向こうがこちらと同程度に慎重であるなら、まずは隠れる場所を探すはずだが……
「やはりプロというわけでは、ないようです、ねっと!」
一瞬の判断で、前方の木箱に手をつき前転しつつ乗り越える。
後方から降ってきた銀光は、さっきまでロゼッタがしゃがんでいた場所をばっさりと引き裂いた。
そのままの勢いで起き上がり、とにかく間合いを取るためにロゼッタは走る。
ロゼッタの異名でもある“スコールバレット”が本領を発揮するのは、相手に対して4〜5メートルの中距離間合いの中である。
敵が迫撃してきているこの状況では、とにかく逃げ回る、それが唯一の策だった。
とはいえ、この狭い室内でがむしゃらに走ったところで、逃げ切れるわけもない。
「一か八か……」
ロゼッタは右手の銃を握りなおす。
ちょうど今なら間合いも適当、ただしここから敵が一気に懐に入ってくるであろう、一瞬の空白だった。
ここから距離をつめられれば、彼女に引き離すすべはない。
この機を逃せば、あとは逃げるしかない。
―――いちか、ばちか。
だんっと地面に食い込ませるように、左足を踏み込む。
肩は地面と水平のまま、右手と左手を前方に伸ばし、左手で……
(なっ!? 速っ!!)
コンマ三秒に満たないその一連の動作さえ、彼は行うことを許さなかった。
木製の床が悲鳴を上げるのもかまわず蹴りこんだ左足は、ロゼッタが目算したものよりはるかに強大な推進力を、彼に与えていた。
一縷の迷いすら見せず、彼の持つ銀の刃はロゼッタへと振り下ろされるかに見えた。
が、 甲高い金属音とともに両断されたのは、ロゼッタの銃であった。
彼女の人並みならぬ反射神経が、まさに首の皮一枚で命をつなぎとめたのだ。
しかし、銃のほうはもはや使い物にならない。
バレル、フレーム、シリンダー。
斜めに走った銀光は、たったの一撃で彼女の牙たる銃に致命傷を与えていた。
完全に必殺の意気を以って繰り出された斬撃をかわされた事実は、エイヤに隙を作らせるのには十分だった。
ロゼッタは全力で床を蹴り、窓にタックルをかます。
高い破砕音と、闇夜に踊る小柄な陰。
建物の二階からのダイブは、身軽な彼女には朝飯前だった。
◆
(うう……予想以上の強敵でした。あの銃は惜しかったけど、やはり命には代えられません。)
ロゼッタは走っていた。
とにかく逃げる。それしかない。
今や彼女は丸腰、あの脅威のスピードに対抗できるすべもない。
「ディアー!!」
高らかな口笛にいななきで答えながら、愛馬が駆けてくる。
寄り添うように走る彼に、ロゼッタは飛び乗る。
「いきますよ、全速力!」
ディアーの腹を蹴っ飛ばし、腰を浮かせる。
それを受けてディアーがその強力な足で一歩を踏み出そうとしたそのとき。
ドッ、という音とともに、ロゼッタの小柄な体が冗談のように宙に浮いた。
後足で立ち上がったディアーが、勢いあまって彼女を弾き飛ばしてしまったのだ。
予想外の出来事だった。
受身も取れずに彼女はごろごろと地面を転がる。
埃まみれになりつつも前方を確認すると、砂塵の向こうに見えたのは、愛馬の足から剣を引き抜くエイヤと名乗った少年だった。
「!!」
すぐさま起き上がろうとするロゼッタだったが、さっきの転落でどこか打ったのか、四肢に力が入らない。
自分の体はこんなにも重かったのか。
血染めの剣を手に迫ってくる影を睨みつつ、ロゼッタは歯噛みする。
ぽたぽたと、銀の刃から滴る血。
鉄くさい匂い。
月明かりに浮かぶ、死相のような敵の顔。
「神よ、許し給え」
かろうじて聞き取れるほどのつぶやきとともに振り下ろされる青白い死神の牙を、ロゼッタは絶望とともに眺めやった。
ああ……これで、私も…
その瞬間、視界はなびく栗毛に覆われた。
「あ、」
ディアー、そう叫ぼうとした。
目の前には、若い牡馬の太い首と、その強靭な前足を支える、猛々しいまでの筋肉。
鹿のような斑紋は、この月夜では見えなかった。
襟首をくわえられた。
投げとばされるような感覚とともに、体は宙に浮く。
血しぶきが彼女の顔を染め、濡らしていく。
ロゼッタは飛んでいた。愛馬の、輪切りにされた首とともに。
ロゼッタの視界の中で、首を失った栗毛の胴体が、一歩、二歩、最後の歩を進める。
彼女に助けを求めたのか、それとも早く行け、という意思だったのか。
どさり、結構な重量を持つ首とともに、ロゼッタはやわらかい砂の上に投げ出された。
頭が、カラダが、麻痺してまったく動かない。
動かしたくもない。
私は一体何をした?
その首から流れ出す血が、ロゼッタの膝を濡らしていく。
まだ暖かい、柔らかな栗毛。
黒い石のように、何も語らない瞳。
空に開いた穴のように、ぽっかりと浮かぶ月。
……そして、銀に光る刃。
たくさんだ。
もうたくさんだ。
突きつけられた剣を前に、もう動くまいと彼女は決めた。
もはや前に進む気力はない。
ロゼッタは二つの相棒を一度に失って始めて気付いた。
自分の心が、こんなにも空っぽだったことに。
もう立ち上がる理由がなかった。
なんて、安い命。
眼を閉じると、そこには優しい闇があった。
すべてを包み込み、すべてを消し去り、すべてを拒絶する、闇。
そうだ。 そうやって、私の存在も消してくれ。
ちっぽけな私の存在も。
簡単、なんでしょう……?
「貴様の命など、その馬にも劣る。この剣で斬るには、あまりに弱すぎる。」
そんな声が、薄れ行く意識の中で聞こえた。
ロゼッタの意識は闇に落ちた。
眠りが、さめないことを祈りながら。
◆
さくさくと、四足が地面を踏む音が聞こえてくる。
並足で歩む、馬の背だ。
でも、ディアーじゃない。
小柄なディアーの背は、こんなにも揺れない。
うっすらと瞳を明けると、目に入ったのは黒い毛だ。
ほら、やっぱり、ディアーじゃない。
手入れも行き届いているらしく、毛並みもよい。
でも、ディアーじゃなかった。
後ろから、誰かに抱きかかえられているらしい。
手綱は、自分で握っているわけではなかった。
誰だろう。考えかけたが、すぐにやめた。
心が、押しつぶされていた。
自分のせいで奪われた、小さな一匹の駿馬の命に。
手も、足も、ピクリとも動かす気がしない。
ロゼッタの瞳は、今は何一つとして映してはいなかった。
◆
「ん……」
目を開けてはじめに見えたのは、木の天井だった。
背中には固い感触がある。
体を動かそうとして、自由に動かないことに気付いた。
縛られている。
(誰かに……連れ去られたようですね。)
いっそ殺してくれればよかったのに。 ロゼッタは薄く笑う。
周りを見渡すと、そこは薄暗い木造家屋の一室だった。
ロゼッタはその入り口に面した部屋の隅、酒樽のすぐ脇にロープでがんじがらめにされ、転がされていた。
長い間使われていなかったのか、その部屋にはほこりがもうもうと積もっていた。
樽の横にはカウンターがある。
もとはバーか何かだったのだろうか。
(……ならず者か何かに誘拐されたのだとしたら、まぁ……さっさと死んだ方が楽かもしれません。)
ロゼッタは諦めきった頭でそう考えた。
ロゼッタはここ数年、ずっと荒野で賞金稼ぎを続けてきた。
その過程で彼女の仕事は華やかなものに見られがちだったが、それでも犯罪者の巣穴に乗り込むのだ。
凄惨な現場は何度も目にしている。
それらの現場で、こんな風に縛られた女性は例外なく死よりもひどい目に遭っていた。
具体的には言わずもがな、期待するほうが悪い。
要約すると、人としての尊厳を踏みにじられ、人形のような哀れな状態となって、どこかの店に売り飛ばされていくのだ。
アレはひどいとロゼッタは思う。
そんなわけで、彼女は結構本気で死ぬことを考えていた。
いまだにマスタング―――エイヤに負けたショックを引きずっていたし、何より彼女の経験が、この状態で居るのはまずいと言っていたから。
しかし、それでも人間なかなか死を自ら選ぶというのは難しいものである。
(不覚……どうやら帰ってきてしまったようです。)
ロゼッタは仕方がないのでまだ寝ているふりをすることにした。
これならひとまず問題を先送りにできる。
「……嬢ちゃん、まだおきないのか〜?」
男は一人だった。
(これで全部ってわけじゃ、ないと思いますが。)
ロゼッタは黙って男の動向を探る。
薄目を開けてみるに、男は相当にダレているようだ。
椅子に座って船漕ぎをしている。
しかし眠らないところを見るに、この仕事には慣れているといったところか。
そう分析したところに、外からもう一人、男が入ってきた。
「よう、どうだい、嬢ちゃんは起きたか。」
「起きたら真っ先に知らせるさ、ジョーイ。
……しかし、よく寝るな、この嬢ちゃん。さっさと起きてくんねぇかな」
「そうだな。起きてもらわねぇと『調教』できねぇしな……」
「しっかりとコワレた娘しか買いとらねぇ。
あの店も相当キてるぜ。ま、素材を収穫するこっちにしてみりゃ、願ったりかなったりだがね。」
(……やはり『調教』ですか。トホホですね。)
思わずわが身に降りかかるであろう災厄を想像してしまい、ロゼッタは軽く身震いした。
まぁ、同じようなピンチは何度か潜り抜けてきたのだが。
しかし今回は、もうその必要はなさそうだ。
コワされるのならそれでもよかった。
どうせ死のうと思ってたのだから。
「それにしても、デニーはどうしたんだ。今日は四人のはずだろ。」
ならず者たちは会話を続けていた。
「デニーはアレだ。ムショ行きさ。
たいした腕もないのに、保安官と決闘だってよ、笑っちまうぜ。」
「保安官? 買収したはずだぞ。なにやらかしたんだ、アイツ。」
「殺しだとよ。なんでも、兄弟の仇、とか、そんな理由だったらしいぜ。お気の毒にな。」
確かにお気の毒な話だ。
だがそういう理由なら、そのデニーが話し上手なら、いずれ釈放されるだろう。
「復讐、か……。悲しいねぇ。」
「でもよ、デニーも相当悔しかったんだろうよ。
後でわかったことだが、奴が殺してのはもう五人も殺してた連続殺人犯だったって話だ。
目の前で肉親を殺される人間を見て楽しむ、猟奇趣味のキチガイ野郎だったらしい。
ボスの話だと、この街に来た当初のデニーは相当荒れてたらしいしな。」
(復讐…………)
目の端に、最後に見たディアーの瞳が映る。
目の前に、月光に光る白刃がフラッシュバックする。
―――この剣で斬るには、あまりにも弱い。
(……悔しい。)
それは忘れていた感情だった。
長い間感じることがなかったから、ずっと彼女の倉庫の奥で、ほこりをかぶっていた言葉だった。
(…………悔しい。)
負けたことが悔しい。
馬鹿にされたことが悔しい。
殺されたことが悔しい。
(悔しい!)
あの男が憎い。
そう思うと、ロゼッタの中の消えかけていた生への執着が、再び燃え上がってきた。
(復讐なんて不毛……そんな理屈はもう知りません。)
生き残ってやる。
こんなところで壊されてたまるか。
あの男にもう一度会って、ディアーの死を償わせる。
自分の力を認めさせる。
それは、ロゼッタがもう一度生きると決めるのに、十分な理由だった。
(とりあえず、この状況を打開しなければ。)
話し込んでいる男たちにばれないように、こっそりと周りを見渡す。
あたりは相当散らかっていた。
椅子や机の破片、割れたビンからぬいぐるみまで、まるでここがゴミ捨て場だといわんばかりにあらゆるものが遺棄されていた。
だが、やはり武器になりそうなものは転がっているわけがなかった。
(……やはり無理でしょうか。)
ロゼッタが早々に情けない気持ちになっていると、ふ、と。
彼女の脳内に染みとおるような声が聞こえた。
―――私の声が聞こえる?
それはそういう台詞だったのか、実際にロゼッタが感じたのはそういう言葉のニュアンスだけであった。
思考に割り込むように、声として意思が伝わってくる。
ロゼッタは、思わずきょろきょろと周りを見渡しそうになって、慌てて自分を抑え込んだ。
そして、イエスの代わりに床を一回、指でたたいた。
少なくとも、この『声』は自分を助けてくれるものだ。そう思ったから。
―――武器が欲しいのね?
また一回、床をたたく。
―――手は使える?
縛られていては腕は使えないが、掌は空いているので物は握れる。
またイエス。
―――あなたの後ろの樽の右手、壁との隙間に、銃があるわ。
樽の、右手。
すべきことは一つだった。
ロゼッタは脳内で、これから行うべき動きをシミュレートする。
ロゼッタは今、壁に脚を向けて地面に転がっている。
さらに後ろ手に縛られているので、壁と樽の隙間に腕を差し込むのは至難の業だ。
ならば隙間を広げるしかない。
勝負は一瞬。
樽が動いたのに連中が気付いて、ロゼッタを取り押さえにこちらに来る、それまでの間にすべてが決まる。
連中の命運も、ロゼッタの未来も。
ロゼッタはぐっと体中に力をこめると、全身のバネを利用して、樽に体当たりを敢行した。
◆
売春宿に売り渡すはずの少女を見張る役目を帯びていたジョーイは、いきなりの物音に飛び上がらんばかりに驚いた。
気がついて振り向くとそこでは、動くはずのない樽が動き、寝ているはずの少女はその樽を背中で押していた。
「コラてめぇ、何する気だ!」
相棒のベンがいち早く少女のほうへと飛び出す。
今いる場所から部屋の隅までの距離は五メートル。
大股を使えば三歩の距離である。
三歩を踏み出すのに約1.5秒。
普通ならば問題にもならないような距離。
だがジョーイは見ていた。
少女が押しのけた樽と壁の隙間から、あるはずのない拳銃が転がり出たこと。
少女がその銃を、ありえない速さで後ろ手につかみあげたこと。
ベンが二歩目を踏み出すときには、既にその銃はベンの額に銃口を向けていたことを。
「ベ――――ン!!」
叫びつつもジョーイは、既に今回の仕事の失敗を悟っていた。
頭から血を吹き出すベンを見ながら、ジョーイは思った。
(ああ、今回の娘、結構好みだったのにな……)
二発目の銃弾が、立ち尽くしていたジョーイの命を奪った。
◆
「ハンマーが遠いですね。やはり片手では射撃が遅れます。」
ロゼッタはゴリゴリと、机の端で縄を切ろうと奮闘しながら呟いた。
と。
『いやー、すごいよ、お姉さん。ボク感動しちゃった。』
どこからか響く、先ほどの声。
そういえば、どこにも人の姿が見えないことにロゼッタは気付いた。
「あなたは誰です。どこにいるんですか。
お礼を言いたいので姿を見せてください。」
誰もいない空間に向かって、ロゼッタは叫ぶ。
『どこにって、ボクはここにいるよー』
「だからどこですか。私には見えませんが。」
『ほらー、お姉さんの目の前にいるじゃん。見えないの?』
「目の前………?」
きょろきょろと周辺を見回していた目線を前方に戻し、じっと目を凝らすと……
「ふわわ!?」
確かに目の前に、ロゼッタより少し背の低い少女の姿が見えた。
流れるような長い金髪と、同じく金色のつり気味の瞳は、ロゼッタが思わず怯んでしまうほど美しかった。
しかし年齢はロゼッタより少し下といったところだろうか。
ややサイズの大きなタンクトップとジーンズというスタイルは、それだけ見れば男の子のようだった。
少女は微笑を浮かべてじっとロゼッタを見ている。
ぱさり、と、ロゼッタの体から解けた縄が落ちる。
「あ、あ、あなたは、その、どっから来たンですか!?」
思わず声が裏返る。
そんなロゼッタに少女はにっこり笑って、
「ずっといたよ? ホラ、今も握ってるし。」
なんてことを言う。
「そ……それはつまり……?」
「うん。ボク、ゆーれいなの。その拳銃に取り憑いてたんだ。」
それを聞いて、ロゼッタはビシッと岩のように固まった。
「あ、あれ? どうしたの、お姉さん!?」
少女はロゼッタの前ではたはたと手を振ってみたが、反応はない。
ロゼッタは固まったまま、ただぶつぶつと何かを呟くのみである。
「ねえ、お姉さん、お姉さんってば!!」
「話しかけないでくださいっ!!」
少女は一瞬ギクッとして固まった。
そのロゼッタの剣幕は、怒れる雄牛すら怯んでしまうかと思えるほどのすごいものだったからだ。
「お……お姉さん? あの、怒った?」
「は、話しかけないでくださいといったはずです。
それ以上はなしかけられると私は……私は………
……あなたの存在を信じてしまいそうです。」
「は!?」
少女はロゼッタの言葉に呆気に取られたような顔をした。
存在を信じてしまうのが、いけないことなのだろうか。
「あの、お姉さん、それって……」
「ああ、もう! 駄目です、やめてください!!
私は……私はそのテの話は弱いんです!!」
ロゼッタはそういうと、顔を真っ赤にしてしゃがみこんで、耳をふさいでしまった。
「弱いって……幽霊とか、ですか?」
「幽霊は、大丈夫なんです。
というより、大好きなんですよ。フェアリーテイルとか、その手の話が……。
だ、だから、そういう話をされるとすぐに信じ込んでしまって……以前、それでひどい目に遭いました。
だから私はもう一切そんな話は信じません!
信じませんったら信じません!!」
「え……えーと、それじゃあボクはどうしたら……?」
途方にくれる幽霊少女をほっぽって、ロゼッタは一人幻だ幻だと繰り返している。
少女は暫く何かを考えるようなしぐさをしたあと、
「仕方がない。」
ロゼッタに、背中から抱きついた。
「ひゃわっ!?」
突然のひんやりとした感触に混乱するロゼッタ。
しかし、そんなロゼッタの頭とは裏腹に、体のほうはしっかりと二本の脚で地面を踏みしめて立ち上がっていた。
『ごめんなさい、ちょっと憑依しちゃいましたー。
こうでもしないと話、聞いてくれないと思って。』
「あうあうあう」
ロゼッタは必死で腕を、脚を動かそうとするが、ロゼッタの意思ではピクリとも言うことを聞いてはくれなかった。
「い、一体あなたは何が望みなんですか!?
私をからかうのが、そんなに楽しいんですか!?」
『ち、違いますよぅ。
単刀直入に言うと、ボクを、お姉さんものにして欲しいって、そういう話なんですけど。』
「は、はいぃ!?」
『つまり、この銃を使ってくださいってコト。
お姉さん、旅の人でしょ? 一緒につれてってよ』
「い……イヤですっ! どうしてこんな幽霊つきの銃と旅をしなくちゃならないんですかっ!!
そんな……そんな非常識な…」
『ボク、ずっと寂しかったの。
前の持ち主がボクをここに落としていってから、すっとこの薄暗いバーで一人っきり。
だから、いつかお姉さんみたいな強い人が来たら拾ってもらおうと思って。
……それに、お姉さん、ホルスターはつけてるのに銃持ってないじゃない。
危なっかしくて一人じゃ送り出せないよ。
ボクが守ってあげるから。ね? いいでしょ?』
いつの間にか目の前に現れた金の髪の少女は、上目遣いにロゼッタを見上げてくる。
ロゼッタは言葉に詰まった。
この娘のいっていることはもっともだった。
だが、そう安直に承諾していいものか。
幽霊の憑いている銃など持って、災いが降りかかってきたなんてことになったら洒落じゃすまない。
やはり、ここは丁重に断っておくべきだろう。
この銃に取り憑いていると言っていたから、銃さえ捨てれば離れてくれるはずだ。
あとは、何とか体を返してもらわないと。
そうロゼッタが結論付けたとき、ガクン、と、唐突に視界が急降下した。
「なっ………!」
何をする。
そう叫ぼうとしたが、その理由はすぐに分かった。
今さっきまで自分の頭があった場所を、鋭い風切り音と共に銃弾が突き抜けたからだ。
『右斜め後ろ、敵は一人』
気がつくと、手足のコントロールは復活していた。
手足が動けば、こっちのものだった。
ガァン、と。
完璧に決まった振り向きざまの一発は、狙い過たず戸口の男の脳天を打ち抜いた。
油断していた。
そういえば、だっきのジョーイが『今日は三人』といっていたのを忘れていた。
『やった、やった!』
隣で幽霊の少女がぴょんぴょん飛び跳ねている。
……結果的にだが、この少女には二回も命を助けられてしまった。
(はぁ……やれやれです。)
ロゼッタはめんどくさげに頭をかくと、少女に手を差し出した。
『はぇ?』
「名前を教えてください。私は、ロゼッタ・インステアです。」
少女はぱあっと顔を輝かせると、
『ボク、ブランカ! ヨロシクね、ロゼッタ』
ギュ、とロゼッタの手をにぎ……ろうとしてすり抜けた。
ロゼッタは少し笑った。
「ブランカ、はじめに言っておきますが、これは私の私怨を晴らすための旅です。
あまり愉快な結末にならないことは、覚悟しておいてください。」
『大丈夫大丈夫! ロゼッタは、ボクが守るんだから!』
そういって薄い胸をどーんとはるブランカに、ロゼッタはまたやれやれとため息をついた。
ブランカの銃をストンとホルスターに落とす。
銃は、不思議とホルスターにぴったり収まった。
踏み出す荒野は陽光をたたえ、変わらぬ風景は彼女を、彼女たちを、拒むことなく、甘やかすことなく、ゆっくりとその懐へと飲み込んでいった。
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