降りしきる雨。
そう、まさに降りしきるという表現が適切だった。
雨にかすんで町全体が灰色に見えた。
俺とマイアは、そんな町の中でも特に灰色な狭い路地裏で、銃を向け合っていた。

(長引けば……勝てるかな?)

そんな思いが俺の脳裏をよぎる。
彼女の銃はオートマチック、プラスチック製ののSIG SP2009、いわゆる「シグ・プロ」の9ミリモデルだ。
対して俺のはリボルバーのS&W M36、38スペシャル弾を使用する、世に言う「チーフス」である。
これだけ雨が降っていれば、銃は平気でも弾はただじゃすまない。
装薬がしけって不発になれば、こちらはリボルバー、向こうはオート、こっちが有利だ。

けど、やっぱりそんなことでは、彼女には勝てそうにない気もする。

俺の目の前に彼女の銃口があり、彼女は俺の銃口を見つめている、極限の状態。

指先2センチでどちらも死ぬ、そんな状態。

理由なんてない。
ただ、俺は探偵で、彼女は殺し屋だった。
それだけだ。







ウイスキー・ボンボン





彼女は最初から、何の変哲もない依頼人というわけには行かなかった。

初対面のときは、ああ、えらくこの場にそぐわない少女が来たもんだ、そう思った。
まだ2月の半ばだというのに、服装は七分丈のジーンズに水色のパーカーという、軽いいでたちだった。
全体的にボーイッシュな雰囲気で、短い茶髪にくりっとした瞳は、綺麗、というよりキュートな感じだ。
もちろん俺はロリコンじゃない。女は完熟のほうがいいに決まってる。
だから俺は、特に気どらず、騒がず、落ち着いて、少し不機嫌を装って立ち上がることもせずに椅子に座っていた。

「あの」

少女が口を開く。
音叉を震わすような声、とでもいおうか、とにかく叫べばよく通りそうな声で、叫ばなくてもまっすぐに俺のほうに飛んでくるような声だった。

「何か用か。ここは探偵事務所だぞ。」

俺は一応仏頂面を装っているつもりだったが、少女はまったく臆することはなかった。
はい、と微笑んで返事をすると、俺が依頼人の話を聞くときにいつも使っているソファに勝手に腰掛けた。

「………」

子供の無邪気さには時々閉口する。
これで、もし俺が(演じている)見た目どおりに短気で好戦的な探偵で、いきなり女子供関係なく撃ち殺したりする人間ならどうするつもりだったのか。
少し灸をすえてやろうと俺は席から立ち上がり、ゆっくりとソファに歩いていったところで、

俺は答えにぶち当たった。
彼女のパーカーの、不自然なよじれ方。
中に何かをぶら下げている。そう、結構な重量の何か・・を。

「あー、あんた、悪いがそのパーカー、中身を見せてもらえるか。」

俺を見上げて彼女は、一瞬呆気にとられたようになり、その後、文字通りいたずらを見咎められた子供のような顔で笑った。

「あはは、ばれちゃった?」

そういって彼女は、パーカーの中から次々に「ブツ」を取り出し始めた。

はじめに大型のナイフが一本、二本、さらにピアノ線、スタンガン、小型の投擲用のナイフを裏返したポケットからガチャガチャ無数に出し始めたころには、俺の顔は引きつっていたと思う。
マガジンをいくつか机に並べ、最後にシグ・プロを小型のショルダーホルスターごとはずして、パーカーを脱いだ。ちなみに下はオレンジのTシャツだった。

にっこりと笑い、彼女は宣言した。

「はじめまして、ロイ・スターナーさん。わたしの名前はマイア・フェルナンデス。あなたを、殺しに来ました。」

まいった。ロイ・スターナーとは俺の名だった。





彼女は本人が言うには、ギルドから派遣された凄腕の暗殺者らしい。
依頼者のことは言えないが、俺を殺してくれと依頼されたらしい。期限はあと3日。まぁ、心当たりなら腐るほどあるが……

「で、何でお前はここにいて、俺はまだ生きてるんだ?」

俺はどうにも居心地の悪い思いで、俺と並んで町のセンター街を歩く少女を見る。
結局昨日は、行くところがないというので一晩とめてやった。
彼女が俺を殺すと宣言した手前、うかうかソファで寝てしまうわけにもいかず、結局昨日は徹夜だったのだが、彼女には夜襲をかけようという考えもなかったのか、 俺の寝室のドアは一晩中閉じたままだった。

で、夜も明けたしやることもないので、とりあえず小遣い稼ぎに迷い猫でも探そうかと思い、ふらふらと外に出たのだが、それにくっついてきたのがマイアというわけだ。

その少女は俺の問いに、きょとんとした顔をして、

「そりゃあ、ロイがまだ死んでないからでしょ?」

しれっと答える。
いや、そりゃまぁそうなんだが…

「……お前は、俺を殺しに来たんじゃなかったのか?」

「え、そうだけど、何で?」

「…………。……いや、もういい。」

もうこの際、殺されないならなんだっていい。そう思うことにしておこう。
そう決めた俺は、当初の予定を変更し、冥土の土産に酒盛りでもと思い行きつけのバーに向かおうとして…

「あっ! 見てみてこれ!! カワイー!!」

右手を思いっきり引っ張られた。
ショーウインドウに突進するマイアに、俺はなすすべもなく引きずられる。
ちょっと待ってくれ! 俺は買い物に来たわけじゃないんだ!
そう叫ぼうとして、しかし俺はこの時間帯にはまだどこの酒場も開いてないことを思い出し、抵抗する気力と意義を失った。
もういいや、モールでも地獄でもどこでもつれてってくれ。

そんなのんきなことを考えられたのは、彼女の若さゆえのパワーを思い知る前だったからだ。
知ってたら絶対にこんなことは思うまい。後で何度もそう思った。

俺は結局、夕方近くになるまで近所のモールを散々引き回された。
正直へとへとで、嫌がらせが目的ならそれはこれ以上なく成功していた。
しかし、こいつ、ほんとに俺を殺す気があるんだろうか。
あの武器の類を見た限りではかなり本気だったと思うのだが……今となってはあの武器全部が本物だったかも疑わしいような気がしてきた。
彼女は今、こぎれいな衣装の並ぶショーウインドーの前で目をきらきらと輝かせている。

事務所に来たときは、なんだか今とぜんぜん雰囲気が違ったように思う。
あの時は基本的な態度は同じだったが、なんだかもっと浮世離れした違和感があったように思う。
感情論を抜きにしても、態度や言葉の端々にどこか切羽詰った様子が見え隠れしていた。

それが今は、どう見ても大人に憧れる普通の少女にしか見えない。
いったいこいつはどうやって俺を殺す気だ?
俺はつい、苦笑を漏らした。

と、今の苦笑を見咎められたのか、マイアが頬を膨らませて詰め寄ってくる。

「今、子供ガキって思ったでしょ。」

いや、思ったでしょといわれても、頬を膨らませたその怒り顔はどう考えてもガキだろう。
そう思った俺は思ったままを口に出したのだが、当然マイアはそれにますます機嫌を悪くしたらしい。
いいもん、といって表情を消すと、なにを思ったか俺の右手に腕を絡ませ、体を密着させてきた。

「……どぉ? これでもガキ?」

その自信満々な様子から見て取れるように、なるほど、確かに見た目にはわからなかったが、さっきから俺の二の腕には予想以上にふくよかなものが当たっている。
自慢するだけのボリュームはあるようだ。むぅ。子供ガキのクセに。

「……認めよう。いい乳だ。」

だが事実は事実だ。真実を見つめるのが探偵の仕事。文句あるか。
そして、

「だが、そのわき腹を鋭いモンで突っつくのはやめてくれ。精神衛生上非常によろしくない。」

彼女をにらみつつ言った。
服越しに巧妙に見えないように俺にナイフを突きつけていた彼女は、
また、あ、ばれちゃった? みたいな表情をして、

「だってロイ、わたしがあなたを殺そうとしてることも疑ってたでしょ?」

そう俺の耳元で囁いた。
そのしぐさだけはやけに大人っぽくて、俺はうんざりした。

「ならいっそ、さっさと殺っちまったらどうなんだ。」

俺はそう付け加えたが、彼女は悪びれもせず、

「だってじゃあロイ、その左手の銃から手を離しなよ。」

といった。ばれてたのか。
俺は左手のポケットの中で小型拳銃を握っていた。
その名もベレッタ・ミンクス。 22ショートの豆鉄砲だが、そのコンシールド性はチーフスよりよっぽど質が悪い。
ちょっとやそっとじゃ見抜けるモンじゃない。
俺は改めて戦慄した。こいつ、ホンモノだ。

結局その後、俺たちはいっせーのーで・・・・・・・で双方の武器を離し、帰宅する流れとなった。
もちろん俺は生きた心地がしなかったが、殺されることもなかった。






俺は今自分の家にいるというのに、どうしてこんなにもぴりぴりと神経を張り詰めていなければならないのだろう。
いつもなら晩飯を食い終え、デスクに座ってゆっくりと書類に目を通す、そんなくつろぎの時間のはずのなのだが。
リビングのソファに寝転がってるその元凶たる彼女は、俺の隙を窺うどころか男としての俺に対する警戒心さえ見せずに、のんびりとテレビを眺めていた。
………つくづく自分が馬鹿らしくなる。

「なぁ……」

俺が恐る恐る話しかける。

「なに〜?」

「おまえ、いったいいつになったら俺を殺す気だ?」

ん〜…と間延びした声が聞こえて、明日か明後日には、という返事が返ってきた。
おい。
俺は休日の宿題とかの話をしてるわけじゃないんだ。
そんな思いをぐっとこらえる。

「じゃあ今日はもう殺さないと思っていいのか?」

俺の問いに、う〜ん、まぁ今日はもう疲れたしね〜、とまた間延びした答えが返ってきた。
それなりに苦労しそうだし、と付け加えたのは、彼女なりのフォローだったのだろうか。

あまりありがたさは感じなかったが、とりあえずこのまま神経を張り詰めていては、殺される前に自滅してしまう。
深いため息とともに、警戒を解いてデスクの前の椅子に沈み込む。
今日一日酷使した体に、どっと疲れが流れ込んできた。

「あれ、結構簡単に警戒解いちゃうんだ。」

今日は殺さないといった張本人の彼女が、少し意外そうに声だけ投げてくる。

「ああ、自分の限界ぐらいは自分でわかってる。
 これ以上緊張を保ってるのは物理的に無理だ。むしろ明日以降が不利になる。お前を信じることにするよ、マイア。」

それを聞いたマイアは、ふーん、と鼻を鳴らすと、のっそり起き上がってこちらへと歩いてきた。
デスクにひじを乗せて俺と向かい合う。

「なんだ。」

彼女は俺の目を不思議そうに覗き込んでいる。
くりっとしたハムスターのような目は、月の光を反射して妙に魅力的に見えた。

いや待て、再度言っておく。俺はロリコンじゃあない。

「ロイは、わたしのコト信じるって言った?」

マイアがおもむろに口を開く。

「ああ、言ったが、それが何か?」

ううん、とマイアは首を振って、

「ただ、呑気な人だなって。
 今までわたしは、おんなじ様にして何十人か殺してきたけど、みんな私の武器を見たとたん自分の実力を省みずに私を殺そうとしたり、逆にたくさんお金を持ってきて許してもらおうとしたりした。

 わたしを家に泊めたり、信じる、なんて馬鹿なことを言った人は、ロイが初めてだよ。」

そういって、彼女は照れくさそうに微笑んだ。

「そうかい」

俺は椅子に深く腰掛ける。

それを見て彼女はまた薄く微笑み、その調子じゃあロイ、すぐにしんじゃうよ、そういって俺の寝室へと消えて行った。
俺はため息をつく。彼女が、まだ何か隠してるような気がして。





「いいか? 絶対部屋に入ってくんじゃねぇぞ!?
 もし入ってきたら、お前がどんな凄腕でも俺が命に代えてもお前を追い出すからな!!」

俺はそういって寝室のドアを閉めた。
暗殺者の類なら一発で開錠出来そうなちゃちい鍵をかける。

棚の2段目ですっかりほこりをかぶったデスクトップパソコンを起動した。
そう、彼女について調べるために。

俺はたちは普段、顔を見るか、せいぜい声を聞くぐらいはしないと誰も信用できないようなあやふやな情報をやり取りしている。
だから普段の情報収集は情報提供者本人に直接会うか、電話で話すのが主だ。
パソコンのメールなんてものはめったなことじゃ扱わない。

ただ、今回は彼女にも知られずに情報を仕入れる必要があった。
電話では不足なのだ。

以前、たまたま教えてもらったメールアドレスがある。
それは俺がいつも世話になってる情報屋の携帯用メルアドで、緊急時なら俺が質問をよこせば料金後払いで何でも答えてくれるはずだった。
だがメルアドをくれた本人も言っていた通り、携帯なんてものは電波をやり取りするがゆえにどこで盗聴されるかわかったモンじゃない。
出来るだけ使わないようにしていたのだ。

ところが、今は緊急事態である。
彼女がうちに来てから二日目、彼女の腕が確かなら、俺の余生は今日を除いてあと一日だ。

それまでに何とか状況を打開しなくては。

俺は慣れないキー操作でメールにアドレスと文章を打ち込む。
即ち、「緊急、情報求む、ロデニーロ・ファミリー」と。

ロデニーロ・ファミリーとは、俺がつい先日誤って構成員を殺してしまったイタリア系のマフィアである。
組織の規模とプライドの高さ、さらにこないだ俺を見張ってたチンピラの、声を潜めたイタリア語から、俺は今回の敵側の依頼人はここであるという可能性が高いと見ていた。

送信ボタンをクリックすると、ゆっくりと青色のバーが延びていく。
ちなみにこの家は、いまだに下り64キロの超ナローバンドである。

だから遅いのは当然な、のだが………それにしてもあまりに遅い。
しかもなんだ? この『ケーブルが接続されていません』、というエラーは?

俺は機械音痴だ。銃より複雑な機械はめったに扱わない。
それでもなんとなく分かった。

俺が鼻息も荒くドアを開けるとそこには、

まるでハムスターのごとく電話線をかじっているマイアがいた。
電話線は、見事に引きちぎられていた。

「……………」

「…………………」

気まずい沈黙が流れる。落ち着け。落ち着くんだ、俺。

「あ〜。マイア、そりゃ何のマネだ?」

必要かつ十分な怒気を体から搾り出しながら、俺は問うた。
えーと、とマイアはあやふやな笑みをほほに浮かべて、

ハムスターのまね?

そう答えた。

「……買出しに行ってくる。」

俺はコートを羽織ると、とりあえず事務所を出た。
とにかく情報は、足で稼ぐしかないらしい。






ただいま、お帰りなさい。

そんなやり取りは、ずいぶん前に故郷を離れて以来だ。

俺のお袋は、はっきり言ってろくでなしだった。
俺の親父も、正直どうしようもなかった。

二人とも仲が悪くて口論ばかり、最後にはお袋の愛人とやらに二人とも殺された。

それでも、俺が小さいころは親父は公園に連れて行ってくれたし、お袋はいつも学校から帰った俺を台所から迎えてくれた。
それだけは、今でも忘れてはいない。

今俺を迎えてくれるのはお袋ではなく、俺よりもひどく年下の少女だ。

昨日と同じ、ソファに寝転がってテレビを見ている。

部屋は暗い。テレビのおかげで、彼女の周りだけが奇妙に明るかった。
そういえば、よくお袋も、死ぬ前の晩ぐらいまで、夜中に帰ってきてはあんなカッコでテレビを眺めていたっけ。
そう、電気もつけずに。

俺は苦笑し、コートを放り出すとデスクの前のいすに腰掛けた。
彼女は俺を殺そうとしているというのに、やはり郷愁という物は不意打ちが大好きなようだ。

しかしわからない。
今日一日情報収集に駆けずり回ったというのに、依然として大して有力な情報は得られない。
わかったのは、俺が殺したのはロデニーロ・ファミリーの会計士だってことと、マイアという名のつく少女はこのあたりには住んでいない、ということだった。
頼みの情報屋にも、それらしい情報を持っている奴はいなかった。
わざわざ、殺しを職業にしている奴らのギルドに問い合わせてもらったというのに、やはりマイアという暗殺者は存在しなかった。

存在しない女、か……

「なぁ、お前、どうして俺をなかなか殺さないんだ?」

この二日間で何回か繰り返した問いを、俺はまたしてしまった。

「俺は…、こんな職業柄、暗殺者ほどじゃないが人を殺さざるを得ないこともままある。
 たいていはマフィアの下っ端で、声も名前も知らない奴ばっかりだが……
 一度だけ、話をして一緒に酒も飲んだ奴を、やむをえず殺したことがある。

 今はもう、日常生活に支障はないが…
 いまでも、ふと思い出してたまらなくなるときがあるもんだ。

 お前は、いつも殺す相手の顔を見て、言葉を交わしてから殺すって言ってたよな。
 家に来たときみたいに、武器引っ張り出して、にっこり笑って。

 何人殺してきたかは知らないが、辛いだけじゃ、ないのか?」


長い、沈黙。

今夜は満月だった。
距離が近いからなのか、やけに大きな月だった。

俺はタバコを口に咥える。

しばらく禁煙していたんだが、どうにもこういう重い空気を吸うと、出し抜けにニコチンが恋しくなる。
ポシュ、という小さな音とともにジッポに灯がともる。
ライターとタバコの火は、いつでも暖かく、そして安っぽい。

うんざりだ。

「でも、わたしは生きてるから。…罪を背負うぐらいは、してあげたいの。」

そういった彼女の顔は暗くて見えなかったが、おそらくまたいつものように笑っているのだろう。
あの照れたような子供っぽい笑みで。

うんざりだ。

「ガキが難しい言葉を使うな。もう寝ろ。」

俺がそう言うと、彼女はのっそりと起き上がり、

「ね、目ぇつぶってて。」

そういった。

刺されるんじゃないだろうか。
そうは思いつつも、俺は目を閉じた。
ここで拒んだら、彼女を疑うことになってしまう。
昨日の晩、信じるといったときの、彼女のくすぐったそうな表情が、まぶたの裏に浮かんだ。

暗闇の中で、ゆっくりと彼女の息遣いが、近づいてくる。
小さな、それでいて2月の空気の冷たさから浮き出るように、確かな熱を帯びた空気。

その気配は、俺のそばまで来ると、肩に手をかけ、少しためらい、

身を乗り出すようにして、額にキスをした。

「馬鹿だな。」

「お互い様よ。」

しばらく沈黙が流れ、

「じゃあ、明日は殺すから。」

そういって、彼女は俺の膝から去っていった。
まるで逃げるように。






俺はソファの上で身を捩った。
いつの間に降り出したのだろうか。静かな雨の音が聞こえる。

……いま、何時だろうか。
雨空のせいか、外は薄暗くて昼とも明け方ともつかなかった。

夕方ってことはないだろうが。

俺は身を起こすと、ゆっくりと周りを見渡して……

あわてて身を伏せた。

その瞬間、南側に大きく設けてあった窓が冗談のように砕け散った。
連続する破裂音とともに反対側の壁に次々と穴があく。

「な、なんだぁ!?」

突然の事態に、脳がついていかない。
マイア、そうだ、マイアはどうしただろうか。

外から叫び声が聞こえる。

『仕留めたか!?』
『いえ、多分かわされやした。奴さんずいぶんと勘がするどい様で。』
『オーケイ、表に回れ。必ず仕留めろ!』

まずい。

このままだとマイアがいようがいまいがこの家にいる人間は間違いなく全員蜂の巣だ。
おそらくはロデニーロ家の報復だろうが、たかが会計士一人の弔い合戦でずいぶんと派手にやるもんだ…

そんなことを考えつつも、俺は脱出方法を模索していた。
何とか逃げなければ。
隣から誰も出てこないところを見ると、マイアはもういないのだろう。俺は寝室で待ち伏せすることにした。

机の引き出しからチーフスを取り出し、弾丸がしっかり五発入っていることを確認し、とりあえず正面のドアの鍵を閉めて寝室に入る。

そこで、ふっと漂ってきたかすかな甘い匂い。当たり前か。二晩も少女がここで寝たんだ。
マイアはいったいどうしたというのだろうか。そんな思念がふと頭をよぎり、俺は首を振る。

ばん、という派手な音とともに表のドアが砕け散ったのがわかった。
もうすぐ奴らはここにやってくる。

俺はチーフスの撃鉄を起こし、しっかりと身構え……

蹴破られたドアからにゅっと突き出たコルト・ガヴァメントのスライドをふんづかまえた。
ちょろいもんだ。素人め。

すばやくそいつの腕を極め、こめかみに銃を突きつけると叫んだ。

「お前ら、ここは俺んちだ。捕る物なんてありゃしねぇ! さっさと出て行きやがれ!!」

沈黙が場を支配する。
その場にいたのは俺が捕まえたのを除くと3人。
装備はかなり大盤振る舞いだ。 ウージーにモスバーグのM500、さらに中央の男はAKS−74を携えていた。
東側兵器といえど侮るなかれ、フルオートのアサルトライフルは、この業界ではそれというだけですでにトップクラスの火力なのだ。

何が言いたいかというと、つまり俺はこの人質を手放したとたん確実に秒殺されるってコトだ。

極限の緊張。ミシン糸よりも頼りない、パワーバランスという名の鎖がその場の沈黙を支えていた。

「教えてくれ」

俺は静かに問う。

「なぜ俺のうちに押し入り、なぜ俺の命を狙う。理由は何だ。」

ギャングたちの間に冷笑とも憎悪ともつかない剣呑な空気が流れる。
リーダー格の男がずいと前に出る。俺はあわててチーフスをチンピラのこめかみに食い込ませるが、男には動じる様子もない。

「この期に及んでまだシラを切ろうってんなら止めやしねぇ。
 俺たちは黙って引き金を引くだけさ。せいぜい喚くがいい。」

そこまではその男も静かな口調で話していた。
だがとうとう押さえが利かなくなったのか、次に俺をにらみつけた目には、底冷えするような果てのない憎悪の色が浮かんでいた。

「だが、てめぇの殺した男はもう戻ってこねぇ。

 てめぇの殺したロデニーロの参謀長、ピエール・ラニエ・・・ ・・・・ ・・・はよ!!」

……なんだって?

違う。違うぞ!

そいつを殺したのは俺じゃない。俺が殺したのは会計士、確か名前もイタリア系じゃなかったはず。
いったい……いったいどういうことだ?


………突然、俺の脳内にひとつの仮説が浮かんだ。

もしかして、そのピエール・ラニエを殺した奴は、この事務所の近くに来たんじゃないか?
それをつかんだ彼らの上司が、その刺客の処刑を命じ、その命令のままに・・・・・・彼らがここに来たとするなら?

そうだ……そうだったんだ。
これなら、この奇妙な三日間にも説明がつく。
くそっ! もし真実がその通りなら、こんなところで油売ってる場合じゃない!

仕方ない。一か八か……

俺は息を思いっきり吸い込み、コンマ三秒の照準で天井の蛍光灯を撃ち抜いた。
安物の蛍光灯が、鋭利なシャワーとなってギャングどもに降りかかる。

一瞬の隙。
それだけで十分だった。

俺はすばやく人質の首筋にグリップでの一撃を食らわせると、ガラスのなくなった窓から外に飛び出した。

マイアを見つける!
その信念の元、駆け出した俺の足元に、無数の弾丸が着弾する。
どうやら敵は外に別働隊を用意していたようだ。

クソ……頼むからあたらないでくれ!
俺は本当に久しぶりに、神に祈っていた。
二月の冷たい雨は、容赦なく俺の体に突き刺さってくる。




「そうだ! 普通のギルドじゃない! ロデニーロの暗殺者ヒットマン……いや、むしろ死亡者のリストだ。そこをあたってくれ!!」

俺は道端でメールを打っていた不運なサラリーマンの携帯を奪い取り、狭い路地を走りながら電話をかけていた。
相手はいつもの情報屋。
何度でも言うが腕は確かだ。

携帯を切ると俺は周囲の様子を伺いつつ返事を待つ。
どうやらひとまず撒いたようだが……

と、すぐに表通りのほうから、どやどやと足音と怒声が聞こえてきた。
やべぇ、奴らどんどん増えてやがる!!

息を潜めていると、携帯が鳴った。

『あったぜ、ロイ!!』

とるや否や聞こえてくる報告。

『マイア・フェルナンデス18歳、報告書類には死亡とあるが、実際にはまだ追跡中だ。
 ショートの金髪に瞳は蒼、両親はともにアメリカ人で既に死んでる。
 で、その追われてる罪状ってのが……』

あたりにいっせいに満ちる殺気に、みなまで聞かずに俺は携帯を放り投げ、チーフスを構えた。
が、時既に遅し。俺の周りは、既に十人ほどのギャングどもに囲まれていた。

銃を構えた姿勢のまま、静止する俺。
AKを持ったリーダー格の男が、肩をいからせて進み出てきた。

「チッ…、三流探偵。てこずらせやがって……
 てめぇ絶対楽には殺してやらねぇぞ!!」

この場でもっとも年長と思われるその男の激しい恫喝も、今の俺の心を恐怖させるには至らなかった。

俺はただ、悔しかったのだ。
弱い自分が、どうしようもなく不甲斐なかった。
なぜだろう、俺はいつの間にか、自分があの娘の孤独を癒してやるつもりでいた。俺を殺すといった、あの娘の傷痕を。
お笑い種だ。あの娘は、俺なんかよりもずっと強い。そう。こんなところでギャングに追い詰められる、俺よりも。

自嘲した。諦め、覚悟し、銃を捨てようとしたそのときだった。

パァンという、あまりに軽い擬音とともに、男はこめかみから血を噴き出した。
周りのギャングが動揺の声を上げるまもなく、周りの人間たちも次々に打ち抜かれていく。

淡々とした、実に正確無比な、無慈悲な射撃だった。

あれよあれよという間に、ギャングたちは撃ち殺されていった。
そしてとうとうその場で息をしているものが俺一人になったとき、そいつは姿を現した。

ぱしゃりと、水溜りを跳ね上げながら。

「やっほ、ロイ。殺しに来たよ。」

ショートの茶髪を雨で額に張り付かせたマイアは、またいつもの照れたような笑みを浮かべていた。
その手を、鮮血に染めたままに。

「……………」

「……………」

お互いに、しばし沈黙する。
もう、俺は彼女が何をするつもりかわかっていた。

殺し合いだ。

戦わないわけにはいかない。
どれほど無意味な殺し合いでも、それでも、彼女が俺を殺すといったからには、彼女は俺の、敵なのだ。
恐怖はない。勝算も、ないわけではない。

同情は、………してはいけない。
彼女は、絶対にそんなことを望まないから。

二人とも目を閉じ、集中する。

周りの状況を確認し、記憶し、練りこんでいく。
いざというときに地形を味方につけられなければ、それは敗北を意味する。
そして今回の場合、敗北は即ち死を意味していた。

「ねぇ」

ふと、彼女が口を開く。

「やるんなら、本気で。」

それだけだった。もとより、そのつもり。
俺が目で応じると、彼女は満足そうに微笑んだ。

「一発で決めるから。痛くないよ。」

そういうと彼女は、驚異的なジャンプ力で周囲のビルの屋根へと消えた。

試合開始の、ゴングだった。





俺は動かない。ただ意識を集中させ、そして考える。彼女に勝つ、その方法を。
たとえ追いかけていったとして、彼女の、暗殺者の運動能力に対抗できるほど俺は鍛えられてはいない。

勝つ方法があるとすれば一つ。
彼女の思考を先読みし、彼女が俺を撃つ前に、この場所から彼女を撃つ。
それしかない。

幸い、彼女の持っていたシグは短銃身の小型拳銃だった。
いくらシグのグルーピングが優れているといったって、結局は同じ拳銃である。
口径も50口径ならいざ知らず、所詮は9ミリパラだ。射程に関して言えば俺のチーフスとそう大して変わるまい。

ならば彼女は、必ず俺からも狙える位置に現れるはずだ。
改めて周囲を見渡し、上を見上げる。雨で上空はとても眺められたものじゃなかった。

俺が今いるのは、三階建てぐらいの雑居ビルの裏側、狭いビルの谷間となる路地だった。
狭い、とはいっても道幅は二メートルほどあり、多少なら動き回ることはできる。

屋上から撃ってくることはまずあるまい。
道幅が狭いこともあって、真上から撃たざるをえなくなる。三階の高さから、人間の肩幅程度の的を打ち下ろす難易度。加えてこの悪天候である。確実性を重視するならやめておくだろう。

路地から飛び出して撃ってくることも考えられなくはない。
だが、それにも危険は伴う。
相手がよく狙える代わりに相手からも自分が丸見えだからだ。

俺は隣にある鉄扉を確認する。
どこかのバーの裏口らしいが、それなりに丈夫そうだ。いざとなったら遮蔽物にはなってくれるだろう。
幸運にも鍵は壊れて開きっぱなしになっていた。

とにかく、一撃でしとめるなら地面から撃つのではまだ不足だ。

ならば、窓……

俺の右手にに建つボロビルには、多分倉庫か何かの明り取りだろう。40×60センチ位の大きさの窓が各階に一つ、つまり縦に三つ並んでいた。
さらに前方右手にはベランダまである。視界の少し上というのは非常に確認しづらい。

一方左手はといえば、右側ほどの大きさはないがやはり窓はついている。
こちらは四階建てなのか、二列に並んだ小窓が縦に四つついていた。

これらの窓からなら、もぐらたたき式に迎撃される可能性は無きにしも非ずだが、ヤマ勘に頼るしかないので可能性は低い。
さらに言うなら、建物の中は、いくら外が雨で薄暗いとはいえやはり暗く、中から外は見えるが外から中は見えにくいという非常に好都合な状況だった。

やはり、どれかの窓から撃ってくると見て間違いなさそうだ。

……そろそろ、来る。

なんとなくそう感じた。
タイミングが煮詰まってきたのだ。

できるだろうか? 俺に当てられるのか?

彼女がいる窓を、俺の勘だけで当てなければいけない。

やるんなら、本気で。

彼女の言葉がよみがえる。あの満足そうな、彼女の童顔にまったくそぐわない微笑が、俺の胸を締め付ける。
最後までわからなかった。
彼女は結局俺に、どうしてほしかったのだろうか?


いや………待て。

そういえば、彼女はさっき、俺だけを残してギャング共は皆殺しにしたのだった。
そのときはさして意味も感じなかったが、だが、彼女が俺との戦いに何か特別な感傷を抱いていたのだとすれば?

一発で決める。

彼女はこうも言った。

俺に苦痛を与えないためという彼女なりの優しさなのだろうが、もし彼女が俺に特別な感情を抱いていたとしたら、窓から顔も見ずに一発で狙撃し殺すことを、果たして彼女が望むだろうか・・・・・・・・・・・・・

やめろ。俺。

感情論だ。その上自惚れもはなはだしい。

だが俺は一度浮かんだその考えを捨てきれないでいた。
そんな俺に、明らかな殺意がぶつかってきた。

彼女の気配だ。

もう、来る。

緊張が一気に高まってきた。
チーフスを握る手に、必要以上に力が入っていた。
俺は肘を無理やりリラックスさせる。探偵のキャリアは、こういうところでも役に立った。
雨で張り付いた服が、緊張に火照った俺の体温で熱を帯びているように感じる。

雨の勢いに負けないよう、俺はぐっと視界を据えて……

出し抜けに、ガラスの割れる音を聞いた。前方、斜め右上空。
グイ、と体をそちらに向ける。

割れた窓から、彼女の姿は見えなかった。

だが俺の銃も、結局はその窓を一瞬たりとも照準することはなかった。

俺の銃は背中側に残り、しっかりと据えられていた。
必定、俺の腕は、屋上から飛び降り着地したマイアの腕と、クロスしていた。

俺は改めて振り返り、マイアの変わらない童顔を見てほくそ笑む。
銃を構えたマイアは、まるで獣のような、俺の始めてみるどぎつい笑みを浮かべていた。


降りしきる雨。
そう、まさに降りしきるという表現が適切だった。
雨にかすんで町全体が灰色に見えた。
俺とマイアは、そんな町の中でも特に灰色な狭い路地裏で、銃を向け合っていた。

(長引けば……勝てるかな?)

そんな思いが俺の脳裏をよぎる。
彼女の銃はオートマチック、プラスチック製ののSIG SP2009、いわゆる「シグ・プロ」の9ミリモデルだ。
対して俺のはリボルバーS&W M36、38スペシャル弾を使用する、世に言う「チーフス」だ。
これだけ雨が降っていれば、銃は平気でも弾はただじゃすまない。
装薬がしけって不発になれば、こちらはリボルバー、向こうはオート、こっちが有利だ。

けど、やっぱりそんなことでは、彼女には勝てそうにない気もする。

俺の目の前に彼女の銃口があり、彼女は俺の銃口を見つめている、極限の状態。

指先2センチでどちらも死ぬ、そんな状態。

理由なんてない。
ただ、俺は探偵で、彼女は殺し屋だった。
それだけだ。

「お前……俺に嘘ついてたろう。」

俺は何気なくそう言った。

彼女は一瞬びっくりしたような表情を浮かべ、そのあと、諦めたようにうつむいた。

「何で……わかったの?」

彼女がゆっくりと問う。唇は寒さに震えていた。銃口は動かない。

「思えば最初に気づくべきだった。
 お前が俺の事務所に来た時点でだ。」

腕がだるくなってくる。でも我慢する。

「身軽さが何よりの暗殺者という職業を名乗っておきながら、お前は大量の武器を俺の前に並べて見せた。
 重装備過ぎた・・・・・・のさ。お前は。
 あれでは、任務で来たと言うよりもむしろ、ありったけの武器をかき集めて逃げてきたと思ったほうが自然だ。

 さらにもう一つ、俺の周囲をうろうろしていたイタリア人だ。
 案の定、調べてみたらあったぜ。お前の名前が、ロデニーロ・ファミリーの死亡者名簿にだ。

 お前、ロデニーロのお抱えの暗殺者かなんかだろう。」

彼女は沈黙していた。さらに続ける。

「理由は知らないが、お前はある日ロデニーロを裏切り、参謀長のピエール・ラニエを殺した。
 俺のとこにまで火の粉が飛んできたぜ。迷惑な話だ。

 追われる身になったお前は、とるものもとりあえずその場から逃走、たまたま目に付いた俺の事務所をかりそめの隠れ家にしようと決めた…
 俺にメールを使わせようとしなかったのも、電波傍受で奴らに居場所を知られたくなかったからだ。まぁ、無駄だったようだが。

さて、俺の推理はこんなもんだ。あくまで推論、物的証拠は何もない。
おまけに穴もまだだいぶ開いてるが、なにぶん今回は死ぬまでに三日しかなかったんでね。」

話し終えた俺はため息を一つつき、銃を構えなおした。

「すごいよ。さすがだね、ロイ。」

マイアは悲しげに微笑んでいた。

「わからないことが二つある。なぜ、お前が俺の事務所を選んだのかということと、なぜお前がピエールを殺したのかということだが……」

「ふふっ……、やっぱりロイもまだまだだね。肝心なことを忘れてるよ。」

「肝心なこと?」

「そう、私が」

目を上げると、シグの銃口がまた一歩俺に近づいた。

「わたしが、ずっとあなたに憧れていたってコト。」

考えていなかったわけじゃない。
ただ、意識の隅に追いやっていただけだ。

彼女を癒せるほどに、強くなる自信がなかったから。

「俺は、お前が思ってるほど、すごい人間じゃ、ない。」

俺が言うと、彼女はううん、と首を振る。

「ロイはすごいよ。何事にも一生懸命で。
 この間も、一生懸命わたしを信じようとしてくれたじゃない。

 あなたは覚えてないと思うけど、わたしは昔いちど、任務に行く途中であなたを見かけたの。
 そのときに一目惚れしちゃって……」

彼女はえへへと笑った。頬を赤らめるしぐさは目の前のシグの暗い銃口と、ひどくミスマッチだった。

「あなたとなら、わたしは自由になれる。
 最初はそう思った。

 あなたを殺して、わたしも死ぬの。
 誰にも邪魔されない。誰も追ってこない。なんて素敵なんだろうって。

 でもこの三日間で、わたしはロイのことをたくさん知った。  それで、前よりずっとロイが好きになった。
 どうしようもなく優しくて弱いあなたが好き。
 わたしが怖くてできないことを、平気でやっちゃう強いあなたが好き。
 声が好き。匂いが好き。気配が好き。ほんとに壊れそうなぐらい、好き。だから」

彼女は俺をまっすぐに見上げた。

「だから、ロイがわたしを信じてくれたから、わたしも自分を信じてみよう、そう思ったの…」

俺は、そのとき気の利いた台詞なんて言えるわけもなかった。
チーフスの銃口が下がってることにも、気づかなかったぐらいだから。

「だから、まってて。わたしも、すぐに行くから。」

一瞬の出来事だった。呆気にとられていた俺は、彼女のあまりにすばやい腕の動きに、反応できなかった。

パン。

そんな音が響き、俺の腹に熱い衝撃が走った。何を言うまもなく、俺の意識は闇へと飲まれていった。






あんなにうるさかった雨の音が、聞こえなくなっていた。
当たり前か。俺は撃たれて死んだのだから。

そう思ったところでふと、俺は体の感覚が戻ってきているのに気がついた。
その下に敷いている、暖かな毛布の感触も。

「う……」

目が、開けられる。
生きていたらしい。

目を開けるとそこは、近所の開業医院のベッドだった。
ここの医者は何事にも結構アバウトで、無駄な詮索をしないので俺も何度かお世話になっていた。
部屋の中はストーブがたかれていて暖かだった。
俺は多分入院患者用の、ジャージのようなものを着せられていて、俺の上着とズボンはストーブの上に吊り下げられていた。

「気がついたみたいだね。」

医者が立っていた。
白衣に身を包んだ、近所のマダムにも人気の若いドクター。顔見知りである。

「俺の、傷は?」

俺が訊くと、彼はやれやれといった表情をした。

「それがね、実際のところ僕が出る幕はほとんどなかった。
 君の体には表と裏に二つ穴が開いていただけなんだ。

 使われた弾はおそらく対人用のホローポイントじゃなくフルメタルジャケットだ。
 いったいどういう邪神が君の味方をしたのか、綺麗に内臓の間をすり抜けていたよ。だから僕は弾の入った入口と出口を縫い付けただけ。
 君が気を失ったのは、精神的なプレッシャーによるところが多かったんだろう。」

彼はため息をついていたが、俺はその邪神の正体を知っていた。
あいつなら、そんなことは朝飯前だろう。

「ま、でも雨が降っていたし、まだ血液は足りないはずだよ。
 しばらくはここで安静にしていくといい。」

そういうと彼は飄々とした態度で去っていった。

俺は立ち上がった。なるほど確かにわき腹がちくちくと痛む感じはするが、致命的なダメージという感じはまるでしない。まぁ、あくまで素人判断だが。
俺はそのままよたよたと服のところまで歩いていく。
ガンベルトは服と一緒にハンガーにつってあった。もちろんチーフスもある。むやみに銃を抜き取ったりしないのも、この医者の人気のゆえんである。

そのままポケットも探ってみると、覚えのない封筒が俺の手に触れた。

「何だ?」

横開きでパステルカラーのその封筒は、料金請求などの類ではなさそうだった。
インクは雨でにじんでいたが、差出人には確かにマイア・フェルナンデスとあった。
もちろん、切手などはなかった。倒れた俺のポケットに、勝手に忍ばせたのだろう。
中から出てきた同じくパステルカラーの便箋に、じっくりと目を通す。

そこには、子供っぽい丸っこい字で、こう書かれていた。



『大好きなロイへ。



  まず、痛くないって言ったのに、痛い思いをさせてごめんなさい。
  それに、わたしのせいでギャングにおそわれてしまったみたいで、ごめんなさい。

  わたしは、さいしょはロイを殺そうと思っていました。
  だってそうでないと、
  そばにいるわたしのせいでロイは一生ギャングから逃げ続けないといけなくなるから。
  すごくつらいと思いました。だからいっしょに死んだほうがいいんだって。

  でもじっさいにロイと話して、わたしが間違ってたとわかりました。
  わたしはただ、自分の強さにじしんがもてなかっただけなんだって、そう思ったんです。

  でも、ロイのおかげでじしんを持って生きるゆうきがわきました。

  だからわたしは、自分のめんどうを自分できちんとかたづけてから、またロイに会いに行きます。
  もしかしたら死んじゃうかもしれないし、何十年もかかるかもしれない。

  でももし、ロイがわたしのことを少しでも好きって思ってくれたなら、
  あのじむしょで待っていてほしいんです。
  気が向くだけでいいから、あそこで待っていてほしいんです。

  それで、もしロイがまだいる間に、わたしが帰ってこれたなら、
  そのときは笑ってお帰りって、迎えてほしいんです。
  ご褒美にキスとかしてくれると、とてもうれしいと思います。

  ぜいたくなおねがいだと思います。無理ならわたしはかまいません。
  ふられたと思ってあきらめます。

  でも、わたしはロイが好きです。大好きです。

  じゃあ、かならずまた会いましょう。
  それでは。


  マイア・フェルナンデス


  P.S.  今日は二月十四日、バレンタインデーです。忘れてたでしょう?』



封筒には手紙のほかに、ウイスキーボトルの形をした小さな金の包みが入っていた。
ウイスキー・ボンボンだった。

中学生がお父さんに贈るようなその選択に、俺は苦笑を漏らした。
――――やっぱりガキじゃねぇか。

俺は包みを丁寧に開くと、口に放り込んだ。
チョコ特有のほろ苦さと、ウイスキーのとろける甘さが口の中に広がった。

ふと窓から外を見ると、雨は雪に変わっていた。
もう二月だ。おそらくはこの冬最後の雪になるだろう。


もう一度言う。俺はロリコンじゃあない。

女は完熟のほうがいいに決まってるし、世間知らずな女は退屈で仕方がない。

でも、俺はフェミニストなんだ。
あいつに帰る場所がないのなら、俺がそれになってやってもいい。

捨て犬を拾うのと同じことだ。
お帰りといって笑ってやって、それであいつがあの照れたような微笑みを返してくれるなら、何回だって言ってやる。
えらいなといって頭の一つもなでてやろうじゃないか。
何ならキスのやり方を教えてやってもいい。


聞け。俺は、ロイ・スターナーはいつまでだってここにいる。





だから、帰って来い。マイア。






あとがき

さて、この小説は僕が本格的にSSを書き始めるきっかけとなった「アンギットゥの雪国」というサイトのコンペに参加するために書いた小説です。
あのサイトと管理人のアンギさんには本当にお世話になりました。まずお礼をば。
さて、結果的にこの小説は4位というなかなかの栄誉をいただいたわけですが、この小説はもともとウケを狙った(ギャグとしてのではなく)ものだったので、まぁ作戦通りかなと(えらそう)
ただ、結果的にサイレントアイの焼き直しみたいな感じにしかならなかったのは残念です。精進精進。

つい一年ほど前まで僕は、ロングバレルのごつい銃ばかり追いかけていたような気がします。
それこそレイジングブルだのM500だのといった強烈なものに憧れてました。
しかし最近になって角が取れたのか、なんだか短銃身だとかデリンジャーだとかに妙に惹かれます。
おしゃれさ、というのとも少し違いますが、小回りが利く感じがスタイリッシュです。

以上。駄文失礼。



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