SILENT EYE
第三話 <死人のブルース>
「有望ね、今回の“ハンター”…。彼が、200年に及ぶあなたの野望をかなえる人になるのかしら。
楽しみね。実に楽しみだわ。」
そう言って笑う彼女は、しかし少し不機嫌そうに、机に座って書類に目を通す男を見る。
「…何を怒ってるの、ファウスト。」
問われた彼は、書類から目を上げ、立ち上がる。
その目は、ぞっとする冷たさで細められていた。
「…嫌だね。嫌な臭いがするよ。ステン・バルバロッサ……こいつは、嫌いだ。」
ぐしゃり。手の中の書類を、握りつぶす。
「まるで……そう、まるでスープに落ちた髪の毛、聖母像の欠けた小指だ。
嫌な感じがするんだよ。僕の予定になかった人物・・・」
リザはそんなファウストに、そっと歩み寄る。
「あなたは完璧主義者だものね、ファウスト?でもね、大丈夫…」
その色白の青年の頬に、指を沿わせる。
「あなたの邪魔者は、わたしが許さない。
あなたの邪魔者は、わたしが殲滅し、わたしが破壊し、わたしが消し去るの…」
月は、見事な半月だった。
「だから大丈夫、きっと何もかも、うまくいくわ…」
◆
俺は、気がつくと真っ赤な荒野の真ん中に突っ立っていた。
またか。
いったいここはどこなんだ?
フラフラと歩いていると、徐々に回りの景色は、荒野と言うより村、いやむしろ廃墟と言うべきか、
とにかくそんな感じになってきた。
割れた窓、崩れた塀、ひび割れた地面。
それらがすべて、赤いサングラスをかけているかのように真っ赤に染まっていた。
人の気配はない。
いや、一つだけ、前方にふらっと現れた影がある。
駆け寄ろうとした。
できなかった。
まるでそう、ライド式の遊園地のアトラクションに乗っているように、
俺の足は俺の意志に関係なく、決まったコースをゆっくりと進む。
徐々に明瞭になっていくその人のシルエット。それは。
「……母さん」
それは紛れもなく、10年前に死んだ母親の顔だった。
といっても、写真で見ただけだから、実際に見たのはこれが初めてだ。
手を伸ばそうとした。
できなかった。
口を開いて声を出そうとした。
それも無理だった。
母さんは、俺を見てフッと笑い、俺の手元に、目を落とした。
そこで初めて俺は、自分が何かを手に持っていることに気づいた。
それは、真っ黒な、卵だった。
吸い込まれそうな、黒。
そうな? ……いや、これは、なんだ? 近づいてくる?
徐々に高まる内圧、いや違う、これは俺の身体が傾斜して、
視界が黒くなっていく、だめだ、だめだ落ちる……
「はっ!?」
目を覚ます。ぼろモーテルのベッドの上。
ジージーと、小さく虫の声。
窓から差すのは、朝日でなく月光。まだ深夜だろう。
目線の先に、汚い天井と、フィーの姿。
「出るわよ。準備して。」
そう言うと、フィーは踵を返す。
俺は上体を起こす。
まだ心臓がどきどきと無秩序に暴れている感じがした。
「…うなされてたわね。」
フィーが背中から言う。
「……夢を見た。10年前に死んだ、母さんの夢。」
「マザコンだった?」
「分からない。記憶がないんだ。」
フィーが少しこちらを向く。
俺は見えていないのが分かっていながら、少し笑顔を作る。
「いいんだよ、気にしてない。正直、母さんが恋しくならない分、記憶がない方が都合がいい。」
そう。俺には10年前頃からの記憶がない。
一番最初の記憶は、13歳の頃、親父に殴られている記憶だ。母さんのことも、その親父に聞いた。
その翌年、俺は家を出た。
それからはまぁ、浮き草のように命をつないで、今に至る。
13から今までが全然たいしたことなかったから、それまでもそうだったんだろう。
そう理由づけて、その前のことはもう考えないようにしてる。
元々一人が性に合ってると思うし。
そのことは、フィーにもダンテにも、いっても言わなくてもいいと思ってる。
もうそのぐらい、この問題は俺の中でほこりをかぶっていた。
正直、生活に不備はないし、もうどうだっていい。
それよりも。
「ひょっとしてフィー、俺のこと心配してくれた? ちょっとは女のコらしいトコあるんじゃ…」
俺のにやにや笑いが見えたはずはないが、フィーは黙ってばたんと戸を閉めた。
…俺の頭の横1インチの壁に、置きみやげのナイフを残して。
俺の頬を、冷や汗と血が一緒に流れた。
◆
今、俺はフィーと一緒に薄暗い路地を歩いている。
目的地は、前方10メートルに見える、小汚いドア。
今回俺達が強襲するのは、バー、「クラッカー」である。
ダンテが言うには、ここから魔の臭いがする、らしい。
彼ほど鼻の利かない俺としては全く不安な限りである。
とくに、彼の本気と言いがかりの区別がつけられない身としては。
まぁ、はずれであろうとなかろうと、このバーは何に襲われてもおかしくないようなアコギな商売もやってたらしいから、とりあえずよしとしよう。
だが、それより心配なのは俺の身の安全である。
というのも、この不安の原因は俺が今携えているエモノにあるのだが…
考えてる間に、もうドアの前についてしまった。
あとは、ダンテの合図を待つのみである。
前準備もクソもない素人目にもかなりザルな奇襲だが、まぁ彼らなら心配はないだろう。
『聞こえるか、フィー、ステン』
フィーの黒いコートのえりから、雑音混じりのダンテの声が聞こえる。
「こちらフィー、突入準備完了。」
見るからに突入準備完了なフィーが言う。
今日彼女が手にしているのは、見るからにごついベネリでも、人体を軽く粉砕するズヴェルボイでもない。
二振りの、真っ黒に塗られた短刀だった。
狭い店内での近接戦闘には、いちいち反動がうざったい銃火器より、ナイフの方がよいそうだ。
対する俺のエモノは、これまたいつものアナコンダではない。
フィーによると、あれはこのクソせまい酒場ではあまり効果を発揮しないらしい。
今俺が大事に大事に抱えているのは、
フルオートショットガン、バンコア・ジャックハンマー。
ス○ーウォーズにでも出てきそうなイカしたフォルムのこの銃は、
12番ゲージのショットシェルを毎分240発もまき散らす。
10発入りのロータリー式マガジンなどという珍しいものを使っているため量産はされなかったが、
短時間でせまい範囲に強烈な弾幕を張るという点ではほぼ最強である。
で、問題は俺がそいつを握っていると言うこと。
今回の突入作戦は、手順を短くするためにまず突入時にジャックハンマーであらかた敵を葬り去ったあと、残党を静かに手早く片づける寸法だ。
よってジャックハンマーを持った奴が先頭をつとめないと、先に乗り込んだ味方を撃ってしまう。
俺には敵を静かに手早く片づけることなどできないから、必然的に突入役が回ってきた。
俺の判断基準で言えば、多分一番危ない役が。
緊張で目に涙が浮かぶ。
ち、ちがわい! 眼から汗が出たんだい!
い、いや、ふざけてる場合ではない。
ふと、俺の肩に手が乗せられる。
「だいぶ緊張してる。リラックスして。」
フィーはそう言うと、コートのポケットをなにやらごそごそと探り始めた。
何が出てくるのかと思ったら、手榴弾だった。……それを俺にどうしろと?
フィーは俺の手にそれを乗せて、
「護身用よ。お守りだと思って。ただし、屋内では投げないでね。」
そんなことを言う。
………これはやはり、彼女なりの優しさなのだろうか。
なんだかやりきれない気持ちになりながらも、とりあえずポケットにしまっておく。
改めて前に向き直ると、どうやら腕の震えはさっきよりはましになったようだ。
…やはり「お守り」のご利益なのだろうか。
『じゃ、3つ数えていくぞ。ワン…』
ぎりり……
握力で折れてしまうんじゃないかと思うほど、ジャックハンマーを強く握りしめる。
『ツー』
後ろのフィーを見る。
瞳が隠されたその顔からは、なんの感情も伝わってこない。
前を向けば、頼れるのはあまりに細い自分の腕と、いつでも撃てる殺戮兵器。
いいさ、どうせいつ死んだって失うものは何もない。
無理矢理頬に微笑みを刻ませる。
ぐっと後足に力を入れ…
『スリー!』
バムッ!
ダンテのかけ声と俺の足がドアを蹴るのがほぼ同時だった。
引鉄を引く。
フルオートのトリガーを引くという行為は、その性質とは裏腹に、ずいぶんと閉鎖的な行為だと俺は思う。
トリガーを引いた瞬間から、素人の射手や錯乱した兵士には何も見えなくなる。
目を灼くマズルフラッシュ。
耳をふさぐ銃声。
自分勝手に暴れ回る銃身。
満足な訓練のなされていない人間は、それらに対してあまりに無力である。
心は恐怖で軽いパニックになり、感覚はマヒし、腕は思うように動かない。
できることはといえば、ただ自分の中に引きこもり、トリガーを引き続けることだけ。
たとえ、目の前がどれほど凄惨な光景へ成り代わろうとしていても、一度解放した殺戮の獣の咆吼は、人の意志などお構いなしに響き続けるのだから。
出し抜けに、あたりが暗くなる。
ジャックハンマーはその内包する弾丸を吐き出し尽くし、沈黙した。
照明の破壊された店内には闇が訪れ、
肉体を破壊された人間には等しく死が待っていた。
店内はL字形で、Lのうち側の辺に沿ってカウンターが設けられており、
カウンターの内側には酒の棚によって店内と区切られた厨房があった。
もっとも、酒の棚は俺がジャックハンマーで粉砕してしまったようだ。
カウンターの奥には厨房の広いスペースが口を開けていた。
暗くてよく見えない。みんな死んだのか?
そう思って俺が一歩踏み出そうとしたとき、
不意にカウンターから、銃を持った男が顔を出した。
まだ若い、青年の顔だった。
一瞬惚ける俺の背中に、突然、ドンッ、と重い物体がのしかかった。
グリグリと固い、靴底の感触。
フィーに踏み台にされたのか。
フィーがグッと足の筋肉をたわませる感覚が、正確に俺の背中から伝わってくる。
そして次の瞬間には、俺の前方上空に、黒いコートと赤いスカーフをなびかせて、フィーは跳躍していた。
その光景は、この間見たシンよりも100倍は美しく、それ故100倍は禍々しかった。
迫る死神に銃を構えた男は半狂乱で引き金を引きまくる。
当たらない。
目と口がいっぱいに開いて、顔全体が恐怖を表現していた。
「母さ……」
彼の口から最後に漏れた言葉は、中途でとぎれた。
フィーは、血にまみれたナイフと、彼の首とともに、すでに彼の背後にいた。
「……」
カウンターのなか、彼女は死体の首を一瞥(見えてはいないはずだが)すると、ふいと首を傾げた。
と、次の瞬間、さっきまで彼女の頭のあった場所を高速の弾丸が突き抜けた。
その弾丸は俺のすぐ横、壊されたドア枠に突き刺さる。
フィーの顔の横から、後方で唖然としたまま銃を構える男が見えた。
またしても冷や汗モンである。
フィーはぐりんとからだを回転させ、そのまま姿勢を低くし、銃を持った男につっこむ。
男はさっきの奴よりはできる奴らしく、銃を捨ててフィーを迎撃する体勢をとった。
破片で凹凸の激しい地面などものともせず、フィーは男に突進、
ガードした男の右腕に、強烈な回し蹴りをたたき込む。
ガードされた足を捕まれないよう、彼女はすぐに逆回転を開始。
1発目の回転力を加えた裏拳、2発目のフックを受け流され、次の左回し蹴りも受け止められるかに見えた。
が、男の予想に反し、フィーの左足は浮き上がることなく男の足を強烈に払った。
バランスを崩した男の胸に飛び込むような形で、フィーは彼の胸に深々とナイフを突き刺した。
立ち上がった彼女の顔には、返り血がべったりと付着していた。
「行くわよ」
あまりに一瞬の出来事。彼女の声に、俺は訳も分からず歩を進める。
カウンターを乗り越え奥へ行くと、そこではダンテが血まみれの大剣を携え待っていた。
「おうステン、見ろよ、面白いものを見つけたぜ」
そう言いながらダンテが厨房のタイルの一つを押すと、
プシューとエレベーターのドアが開くように、壁がするすると開いていった。
その奥には、下りの階段と、暗闇。
「ビンゴ……!」
ダンテが呟いた。
ゆっくりと降りて行くにつれ、だんだんと『嫌な感じ』がしてきた。
ダンテの言う『魔の臭い』とは、このことだろうか。
かびくさい、石造りの階段。
明かりは俺のライターのみ。
なんだ、俺達はいつの間にかB級ホラーの世界へでも迷い込んでしまったのか?
だが、結局何にも出くわさず、階段は最後となった。
目の前には、頑丈そうだが粗造りな鉄製の扉。
俺流に言い換えれば、「いかにもな扉」といえばわかりやすいだろうか。
そんないかにも出そうな雰囲気にもかかわらず、ダンテは鼻歌など歌いながら扉に手をかける。
もし俺がダンテの立場なら、手は震え、唾の一つでも飲み込んでしまうところだが、
どうやら半魔の彼はそういう人外のものに対する恐怖感など持ち合わせていないようだ。
まぁ、当然といえば当然だが。
ぎぎぎぃぃぃぃぃなどというあまりにベタな音を立てて開いた扉の奥にあったのは…
「ほぉ、こいつはすげぇや。」
無数のマリオネットだった。
そう。
あの晩、俺を襲った奴。
だが、奴らはただ整然と壁につるされているだけで、今夜は襲ってくる気配さえない。
「つまり、ここはマリオネットの製造工場だったってワケか。」
どうやらそうらしい。
この部屋の最も奥に、大量の木材とみのや彫刻刀などといった工具類が散らばった机があった。
職人は上にいたのだろうか。
作っていた人物は見あたらない。
「しかし、すごい量だな。」
ダンテが誰に言うとでもなしに言う。
たしかに、25メートルプールほどの広さの室内に、棚が4列並べてあり、
壁面とその棚の両側にびっしりとマリオネットがかけてある様は、動いていなくとも十分不気味である。
一見したところ、軽く200体は居そうな感じだ。
「こんなにたくさん・・・一体奴らは何をやろうとしているんだ?」
先日俺達の前に現れた、謎の女、リザ・スタンフォード。
ダンテの言うところの『どでかい悪魔』を召還しようとしている連中。
大量の悪魔を使って、戦争でも始める気なのか…
「なんにしても」
俺の思考にフィーの抑揚に乏しい声が割り込む。
「破壊するんでしょ?」
彼女はすでに両手に手榴弾を握っていた。
用意のいいことで。
ドン!というすごい音と振動とともに、厨房にぽっかりと空いた穴から、猛烈な爆風が吹き、鍋ややかんが吹っ飛んだ。
穴は崩れ、二度と復元できないはずだ。
ダンテが灯油をまいている。
この店は完全に燃やす必要があるそうだ。
一般人に悪魔の存在を知られると、ろくな事にならないかららしい。
「いくぞ。」
ダンテに促され、暗い店内を出口の明かりを頼りに進む。
途中何度か柔らかいものに躓きそうになった。
それが何かは……考えたくもなかった。
シュポッ……
ダンテがマッチをする。
小さな炎が生まれ、ダンテの顔を淡くてらす。
ダンテがマッチを投げ、その火が灯油に引火する。
その瞬間、俺は見てしまった。
俺が奪った、いくつもの命の残滓を。
一瞬で巨大な怪物と化した炎に、みな一様にその顔を照らされていた。
絶望に染まった顔、顔、顔。
きっとみんな、誰か愛する人が居たに違いない。
護りたいものがあったに違いない。
それに比べて俺はなんだ?
俺の護るものと言えば、少しの好奇心で酒場の人間を皆殺しにするような、そんなろくでなしのちっぽけな俺自身の命、それだけじゃないか!
それなのに、俺は、たった2.5秒のジャックハンマーの掃射で、粉々にしてしまった。
彼らの命、生活、人生を俺は♯00スラッグでバラバラにしてしまったんだ!
俺は立ちつくした。
生あったものが燃やし尽くされるその現場にあって俺は、
死者に手向ける十字さえ切れなかった。
「ぼんやりしてると、黒こげになるわよ。」
そんなフィーの一言が、おれにはたまらなく腹立たしかった。
矛盾。
それに気づいてしまった俺は、もはや動けなかった。
「俺達の敵は………悪魔じゃなかったのか」
「悪魔に与するものは、全部敵よ。」
「それでも……それでも、なんで敵を目の前にして、…共喰いしてなきゃならないんだ!」
俺のほおに、柔らかいものが触れた。
「これは、汗? それとも涙?」
知らないうちに泣いていたらしい。
拳を強く握りすぎて、爪が皮膚に食い込んでいた。
「この腐った世界で…私の涙はとっくに枯れた。
もう、どうやって流すのかも……覚えてないわ。」
フィーは俺の横を通り過ぎた。
「覚悟って言うのはそういうこと。他人を危険にさらす覚悟よ。
理解できないのなら、そこで灰になりなさい。」
フィーの突き放す言葉。
足音と声が遠ざかっていく。
「どちらにしろ、これ以上深入りすればあなたに選択肢はなくなる。
勝つか、死ぬかよ。
人を殺す覚悟もないなら、やめておく事ね。多分結果は、後者だから。」
「フィーは…それで満足なのか。」
フィーの足音が、ふと止まった。
しかしすぐに何事もなかったようにまた歩き出した。
炎の音にかき消されがちだったが、確かに聞こえた少し悲しそうな声。
「私は………もう慣れたから。」
第四話に続く
<第二話へ 小説トップへ 第四話へ>