SILENT EYE
第四話 <雨夜のサイレント・アイ>
「……それにしても」
長い金髪を風に揺らして、彼女は物憂げにつぶやく。
「よく軍用ヘリなんてチャーターできたわね。」
隣の男を顧みる。
「あたりまえよ! 地獄も含めて世界一の情報家、このエンツォ・フェリーニョの人脈をなめてもらっちゃ困る。」
傍らの男は、そういって胸を張る。
今、このヘリは大体ネヴァダ州上空を飛んでいるはずだった。
『彼』のいるロサンジェルスまで、あと2時間ほど。
彼女としては一眠りしたいところだったが、なにぶん軍用、お世辞にも睡眠に適しているとはいえない。
睡眠不足はお肌の大敵なのよ…、などと心の中で文句を言う。
「でもま、感謝はしなくちゃね。これがなきゃ、大陸を徒歩で横断しなきゃいけなかったわけだし。」
外の景色を見ながら言う。
そう。あいつが、あのダンテが「ヤバイ」なんていうんだから、相当やばいに違いない。
歩いたって行かなければ…
「それはまぁ、あいつには借りもあるしな。
けど、お礼がしたくなったらいつでも言ってくれ。たっぷりと相手をしてもらうからよ。」
エンツォの余計な一言に、彼女は嫌悪感も露わにため息をつく。
「これだからイタリア男はいやなのよ…
あんまり減らず口たたいてると、あなたの自慢のブツ、灰にするわよ。」
蛙をにらむ蛇もかくやといわんばかりの眼光で、エンツォをにらむ。
とたん、あたりに満ちる、黄金色の静電気。
エンツォはあわてて、
「まぁ、とにかく、あのダンテが弱音を吐くとこなんて見たことねぇからな…」
などと話題を変える。
それには彼女も思うところがあるのか、そうね、といったきりあっさりと視線を窓の外に戻した。
そのあまりにあっさりとした様子に、エンツォは逆に拍子抜けする。
いつも、ダンテと3人で仕事の話をしているときに彼女の機嫌を損ねると、
それはもう、ダンテでさえたじろぐ程いろいろと当てこすりを言われるのだが…
(ダンテといいこいつといい……一雨来そうな気配だな。何もなければいいが…)
エンツォは神に祈っても多分助けてくれないので、隣の美女と、半魔の悪魔狩人に祈る。
(ダンテ、トリッシュ、あまり危ない橋は、渡らないでくれよ…)
だが、その願いもどうせ通じないことは、彼自身が一番よく知っていた。
彼は目を閉じた。ロスまでは、あと2時間ほどある…
◆
「ファウスト、いいニュースと、悪いニュースがあるわ。どっちを先に聞きたい?」
ファウストは新聞から顔を上げた。
相変わらず美しいその顔には、相変わらずの不機嫌が浮かんでいた。
「悪いニュースのほうは、もう知ってる。例の『クラッカー』の件だろ?」
「そうよ。まだ下ろしてない新品のマリオネットが190と、その技師が死んだ。」
ファウストは物憂げにいすから立ち上がり、優雅な挙措で窓辺へと歩む。
「大体5日の遅れだね…。満月の晩と重なるか……。
あるいは今度こそ、運命の時なのかもしれない。
だがそれは同時にリスクをも高める。…『猛獣』を、解き放つ必要があるな。
……で、いいニュースとは?」
「探偵が離脱したわ。」
ファウストは大きなため息をつく。
「リザ、僕はそれも知っている。 だがそうなると、“アンカー”のほうにも手を打たなくっちゃあね……」
ファウストの言葉の意味はリザにも図りかねたが、疑問はさしはさまなかった。
リザは彼を信じ、彼を愛していたから。
月は半月から徐々に太り始めた。
青白い光は、豪勢な部屋にほのかな影を作っていた。
◆
……俺は部屋の窓から見える青白い月をぼんやりと眺めていた。
そして、彼女を思いだした。
まるで月の光のように、冷たく、鋭利で、ひどく遠くにいる、彼女。
俺は苦笑する。
そもそも生きてる次元が違ったのだ。
事務所のソファーはひどくオンボロで、ひどく居心地がよかった。
このまま沈み込んで永遠にこうしていたいぐらいに。
そうすれば、忘れられるような気がした。いろいろと。
近々このロスに現れるという、強大な悪魔の話。
それを打倒すべく、戦っている狩人達。
赤い悪魔、黒い悪魔、リザ、
そして何より一番忘れたかったのは、
黒衣を纏った彼女だった。
彼女はいつも何か重い影を背負っていた。
ともすれば消えてしまいそうな、希薄な存在感。
しかしいざ戦いになると突然あふれ出す、あの威圧感。
そのすべてを、とっとと忘れたかった。
思い出すと、やたらと走り出したくなるから。
『いくのね』
背を向けた俺に、彼女はそう言った。
『それがいいわ。あなたはまだ、戻れる。』
少しだけ振り向いた俺の目に映ったのは、初めて見る、彼女の微笑み。
口だけの、微笑み。
そう、彼女の目は、何も語らない。
孤独も、寂寥も、悲しみ、喜びさえ、
黒い眼帯で跳ね返し、悟らせようとは絶対しない。
だが、それでも俺の耳に届いた声は……、
紛れもない、孤独の響きを持っていた、と思う。
俺の脳裏から、あの極寒の微笑みがどうしても消えてくれない。
彼女にはロスを出ろと言われたが、未だに踏ん切りがつかず、探偵事務所にしていたここにだらだらととどまっている。
時計はすでに夜の3時を指している。
今夜何度目かの寝返りを打つ。
全く、嫌になるほど静かな夜だ。
……………………
………………!!
突然、俺の身体が異変を訴え始めた。
まただ。
また、あの時の……
視界がどんどん赤くなっていく。
心拍数がどんどん上がり、意識がとぎすまされていく。
危機感にさいなまれて、俺が相棒の銃把に手を伸ばしたとき、
突如として窓ガラスが破砕した。
現れたのは、鎧を纏った2足歩行のトカゲ、とでも言うべきか。
悪魔の臭いと、血の臭いをぷんぷんさせていた。
どうやら運命の女神は、俺を逃がしちゃくれないらしい。
「くそっ、どうなってんだこりゃ!」
事務所の窓から飛び降りると、あたりには無数の人の死体と、無数のトカゲがいた。
俺はアナコンダを撃ちまくりながら、必死の思いでダッシュしていた。
幸い44マグナム弾は、トカゲの鎧は無理でも皮膚なら貫くことができた。
ワンショットワンキルを心がければ、とりあえずはなんとかやり過ごせそうだ。
とはいえ、捕まるのも時間の問題だ。
交差点の出会い頭にでっくわすのはともかくとして、後ろから追っかけてくるやつの数もどんどん増えている。
俺は原形をとどめない肉塊を飛び越え、走る。
なんとかまかなければ。
何か、何か策はないか。
周りを見回し、頭をがりがりかき、コートのポケットを探ると、ごそり、と何か大きいものの感触があった。
M61手榴弾だった。
フィーに、護身用(?)として手渡されていたもの。
口でピンを抜く。
「こん…の、トカゲ野郎があああぁぁぁぁぁぁっ!」
渾身の力と気合いを込めて、後方へと投擲する。
ドーンという爆音を後目に、粉塵に紛れて俺は横手の細い路地にはいる。
反吐と死体と生ゴミはあったが、トカゲはいなかった。
ふーっと息を吐いて、座り込む。
そして何気なく隣を見て、俺は危うく声を上げそうになった。
そこにいたのは、黒衣黒髪眼帯の、あの少女だった。
「フィー!」
返事がない。どうやら気絶しているようだ。
「おいおい、ちょっとこりゃヤバいんじゃないのか?」
フィーは額から血を流してぐったりとしている。
幸い脈はあるようだが、顔もなんだか青白い。
「おい、おいフィ…」
フィーに触れると、何か妙な感触があった。
べちゃ、という、何か粘性の高い液体の感触。
それに、鼻につんと来る鉄の臭い。
手を見ると、血で真っ赤に染まっていた。
俺の血じゃない。フィーの血だ。
フィーは、脇腹から出血していた。
「くそっ!やべぇ、マジでやべぇ、どっか傷を看れるところを探さねぇと…」
とりあえず応急処置的にシャツを破いてフィーの腹にまき、よいしょ、と背中に背負う。
「ステ……ン、なの?」
唐突に背中からこえがする。消え入りそうな弱々しい声だ。
俺はそれが消えてしまわないよう、しっかりと声を出そうとする。
「そうだ、おれだ。ステン・バルバロッサ、探偵、23歳独身だ。」
しっかりと背負えたのを確認し、俺は通りを見渡す。
どこもかしこもトカゲだらけだ。
「ロスを……出なさいと……」
「ああ言われたさ。けどもう手遅れだ。
この状態じゃあロスにケツを向けたとたんトカゲにファックされるぜ。とにかく今はお前の治療が先だ。喋ってる体力があったら1秒でも長く意識を…」
「置いて、行きなさい」
その声はやけにはっきり聞こえた。
まただ。カンに障る。なんでそんなに消えようとするんだ、フィー!
「アホかお前は。いいから寝てろ!」
「人ひと、ゲホッ、一人背負ってたら、ふ、…たりとも、死ぬ、わよ。」
息が上がっている。どうする、早くしないと、ホントに出血多量で死ぬかもしれない。
「私は…いいのよ。元々、ここで、朽ちるつもり…」
「だ―――――――――!うっさい!黙れっつってんだろ!」
フィーの泣き言にたまりかねて、俺は怒鳴っていた。
「トカゲなんぞにやられる軟弱物がぐだぐだ抜かすんじゃねぇ! いいから黙って運ばれてろ、この貧乳!」
「なっ!? ひっ…貧!?」
「ああそうだ、幼児体型だって言ってんだ! 普通背負ったらもうちょっと弾力あってもいいはずだろ!」
「あっ…あなたはっ! ……この緊急時に何を考えてるんだ!」
「そうだ! 叫べ! 喚け! でもってしっかり意識繋ぎ止めとけ! ちょっと走るぞ!」
「っ! ……。」
俺は通りの一番奥、20メートル先に、なぜか庭先に1匹もトカゲのいない家を発見していた。
正直一か八かの賭だったが、今はあれにすがるしかない。
フィーが首に腕を回してきた。そいつをしっかり握ると、俺は地面を蹴った。
なんとか二人とも無傷で、その家にたどり着いた。
少し古くさい感じのする木造の2階建てで、結構広い庭と大きな門があった。
どことなく居心地が悪い。
急いで玄関から中に入り、あたりを確認する。
なんの気配もない。
それどころか、しばらく誰かが立ち入った様子さえない。
床には厚くほこりが堆積していた。
その割には照明は健在で、適当な部屋に入って俺がスイッチを入れると、あたりは明るくなり書斎らしいこぢんまりとした部屋が浮かび上がった。
「フィー?」
「生きてる」
小さくそれだけの返事。
だがまぁ、十分だろう。
俺はフィーをソファに横たえる。
何か使えるものはないかと戸棚を開けると、開けてみるもんだ、救急箱がおいてあった。
俺はそれを持ってフィーのもとへ向かう。
黒いコートをはだけてタートルネックのセーターをたくし上げると、すべすべのお腹と、醜い傷跡が見えた。
コートの中に、いつも50発は入っていたショットガンペレットが、一発もなかった。
あのベネリも、消えていた。
腰には、二振りの黒い短刀と、クイックローダーが一つ。
本当に、ヤバい状況だったようだ。
「ごめんなフィー、ホント簡単なことしかできないけど…」
血をぬぐい、傷口を消毒し、包帯を巻く。
たったそれだけの、応急処置になったかならないかの処置。
頼む、フィー、死なないでくれよ…
それを終えて、俺はフィーの向かいのソファに深く腰掛ける。
街の喧噪が遠くに聞こえる。
あのトカゲが暴れているのだろうか。
一体何人ぐらい死んだのだろうか。
ロスの街は大丈夫なのか?
なんだかとてつもなく疲れた……
ふと気づくと、雨の音がしていた。
どうやら寝てしまっていたらしい。
見ると、フィーが立ち上がってコートを着込んでいる。
「ちょっと待てよ。まだあんまり動かない方がいいんじゃないか?」
俺の言葉にフィーは応えない。
黙って赤いマフラーを直している。
「なぁ、ちょっと」
「これまで」
俺の言葉はフィーに断ち切られた。
「これまで、人に助けられたことなんて、なかった。仕事で、ケガをしたことも。
…しくじったときは、死ぬときのハズだったから。」
「…………」
「あなた、ダンテには私の事、なんて説明されてる?」
「悪魔狩り専門の組織に、所属していると…」
「そう。でしょうね。ダンテにもそう言ったから。でもね、
…真実は、逆なの。
あなたとダンテが今、必死にたたきつぶそうとしているのは、私たちの組織なのよ。」
「なんだって!?」
雨が強くなってきた。
遠雷がごろごろと響く。
「名前もない、幹部もない。雇われ人とわずかなトップ、そして悪魔によって構成された組織…。その目的は、悪魔を喚ぶこと。究極の悪魔、『メフィスト』を。」
「………!?」
「私はその組織から、ダンテを誘導するために派遣された。
…というのも、メフィストの召還には、『2000の悪魔の血を吸った剣と、その狩人の償いの血』が必要だから。
私が最後に確認した限りでは、彼の剣は1867の悪魔を屠っている。
今、私たちの目的に最も近い狩人は、彼なの。」
フィーはズヴェルボイに弾丸を装填しつつ続ける。
「あいつらは10年前、世の中からつまはじきにされて放浪していた私を拾ってくれた。
だから私は彼らに忠誠を誓った。それ以来、私はずっと彼らの道具、実行部隊として生きてきた。
そして、これからもそう。
彼らの目的なんてどうでもいい。ただ私は、自分の居場所がほしかったの。
自分が、必要とされる場所が。そのためには手段は選ばない。人だって殺す。
つまりは、そう言う事よ。」
つまりフィーは、いわゆる「敵側のスパイ」だったって事か。
「ファウストは、私たちのボスは、被害がむやみに拡大するし、敵と見方の区別もできないからと、ブレイドの解放は禁じていたはず。
彼は焦っているのよ。…私も、もう彼の仕事を手伝わなくちゃ。」
だが……
「じゃぁ、なんで俺をさっさと殺さなかった?
俺は死んでも仕方のない危険な橋を渡っていたし、必要なのはダンテであって俺じゃないはずだ。むしろ部外者は邪魔なはずだろう?」
「……私だって、必要のない殺しは、したくない。」
「なぁ、それって君の優しさじゃないのか?
……フィー、君はまだきっと戻れる。この包囲網を抜けて、どっか別の、平和なとこに行こう。
人を…人を殺さなくても生きていけるところが、きっとどっかにある!
なぁ、フィー、一緒に…」
ドウン!
突然顔の横を通り過ぎた衝撃に、俺は吹っ飛ばされかけた。
フィーのズヴェルボイの銃口が、冷たい光を反射して、俺の顔に向けられていた。
「それ以上……それ以上言わないで!!」
フィーの拳が震えている。
「私は…私はそもそもあなたたちと交わってはいけなかったんだ!
わずかでも希望を抱いたことが、罪だったんだ!」
フィーはフッと口元に自嘲的な笑みを浮かべる。
「ねぇ、どうしてあのトカゲたちがこの家に入ってこられなかったんだと思う?」
「え……さ、さぁ…」
「ここには、結界が張られているの。なんでそんなこと知ってるかって言うと、ここ、私の家なのよね。」
「………」
「なんで私の家に、結界が張られてるんだろうって、そう思った?
それはね、私の自由を奪うため。
私の力を封じるため。」
え……それって、まさか…
「この眼帯の理由、知りたいと思ったことはない?
言ったでしょう、私は世の中からつまはじきされていたと。」
フィーはズヴェルボイを俺の額に向けたまま、もう片方の手をその眼帯へと、のばす。
はらりと落ちた眼帯。
初めて見る、フィーの目。
そこにあったのは、つり気味で大きく切れ長で透き通るように光る、
深紅の瞳だった。
「私は…悪魔の子。この赤い目が、その証拠…
……だから…だからもうこれ以上、私に近づかないで!
あなたといると、私が、私でなくなるような……そんな、気がするから…」
ずどんと鋭い雷鳴とともに、すぐ近くに雷が落ちる。
稲光に反射して、フィーの目元が、きらりと光った。
また、フィーを止められなかった。
あの時、少しでも何か言ってやれば、フィーの寂しさを紛らわせてやることができただろうか。
或いは、俺にもっと力があれば、とも思った。
フィーを腕ずくでも引き留められるような、大きな力が。
全くくだらない。
こんな事、いくら考えても無駄なことだ。
いっそあのトカゲの海に身投げでもしようか。
無様で逃げの終末だが、俺なんかにはちょうどいい終わりかたかもしれない…
コツ…コツ…
自己嫌悪の真っ最中でも、俺の本能は敏感に反応した。
ぐ、とアナコンダを握りしめる。
この家の中をゆっくりと歩いてくる足音が、ひとつ。
そっと、音を立てないようにドアの横へ移動する。
入ってこないならそれもよし、入ってきたら敵の死角にはいるように。
コツ…コツ…コッ
止まった。この部屋の前だ。
ギリ…
奥歯をかみしめる。
なぜ戦おうとする、俺。
いっそのことこの場で、今来たお客さんに撃ち殺された方がいいんじゃないか?
そんな心のささやきとは裏腹に、俺の指はかちりと銃のハンマーを上げる。
ノブがゆっくりと回る。
少しずつ開いてくるドア。
あと少し、敵が一般人じゃないと分かるまでは撃てない。
あのトカゲの海で生き残った一般人がいるとは思えないが、よく考えたら俺だって一般人だ。万一のこともある。
銃を持ってることでも確認できたら…
…ジャコン
スライドの音!
とっさに銃を構えた俺の眉間に突きつけられたのは、象牙と黒檀、やたらと四角い二丁の45口径オートだった。
「おう、ステンじゃねぇか。命は拾ったみてぇだな。」
ダンテは、いつもと同じ、不敵な笑みを浮かべていた。
「…なるほどね。じゃ結局お前は、フられたわけだ。」
「まぁ……そういうことになるのかな。」
フられたなんて軽薄な言葉で片づけられるのはいささか不本意だったが、
まぁたしかにこの状況はフられた状況なのかもしれない。
ダンテにフィーとのことをあらかた話すと、どうやらダンテも薄々感づいてはいたようで、ふんふんと頷いてはいたが驚いた様子はなかった。
「で、お前としては、まだその姫様に未練があるわけだ。」
「未練?」
「そうだよ。好きになったんだろ? あの無愛想でデンジャラスなお嬢が。」
「…好きっつーか…心配っつーか……」
「その状態を、好きっつーんだよ、ボーイ。とにかく、まだ助けたい意志はあるわけだ。」
「まぁ。……けど…」
「なら話は早いじゃねぇか。さっさとここを出て、助けにいきゃぁいい。」
「待てよダンテ!」
つい大きな声が出てしまう。
こいつは俺の悩みを蚊ほどにも思っちゃ居ない。
「なんて言うか…彼女は、今の状況の方が、幸せなんじゃないか?
その……俺なんかが余計なコトしたら、なんかまた彼女を傷つけちまうような…」
ダンテはものすごく怪訝な顔で俺を見て、それから深くため息をついた。
「ンなコト口に出すな、こっぱずかしい。お前はいつからそんな思慮深くなったんだ?
…おいタマなし、てめぇがそんなに自分が嫌いだってんなら、今この場でそのデコに45口径のトンネル掘ってやってもいいんだぜ?
過ぎたことをうじうじうじうじうざってぇんだよ!
お前の最初のあの自信はどこ行った!?
何されたって俺は死にませ〜んなんて目ぇしてた、あの脳天気なステン・バルバロッサはどこへ行った! えぇ!?
お前はあの嬢ちゃんが心配なんだろう? 今より幸せにしてやる自信があったんだろう?
ならアイツがどういおうが関係ねぇ、レイプして脅迫して首根っこひっつかんで連れてきゃいいんだ!
俺は初めてあの路地裏であった、糞生意気な探偵気取りが気に入ったんだ!
今のお前みてぇに生気のねぇつらして、じぶんで自分の人生つまんなくしてるやつが、俺は大嫌いなんだ!!
まったく……反吐が出るぜ!」
300字を越える長科白を一気に吐き出したダンテは、ふうっとためいきをついて、立ち上がった。
「脱出に役に立つもんを、探してくる。それまでに考えとけ、敵を倒すか、俺の銃のお世話になるか。」
俺は目を白黒させるしかなかった。
レイプ? 脅迫? 話がめちゃくちゃすぎてなんだか正しいことのように思えてくる。
確かに、俺の今の状況を好転させるには、走り出すしかなさそうだ。
とりあえずこのままだと、死、あるのみ。
そいつはごめんだ。
フィーのことは、また後で考えよう。
とりあえず今は、生き残ることだ。
何とかなる。
何とかなるだろう。
死んでいた俺が、また少しずつ、よみがえってきた感じがした。
何とかならなかったときは、死んでもともとだ。
探偵気取りだ? ふざけるな。ユーサク・マツダを、バカにすんじゃねぇ。
やってやろうじゃないか。
俺は、ステン・バルバロッサ、探偵だ。
「おう、どうだ、頭は冷えたか。」
「ああ、煮立ってきたさ、ぐつぐつとな。
もうお前はピンチになっても助けてやらねぇ。
腹を撃たれて『なんじゃこりゃーーーーーーー!!』とか言っても助けてやらねぇからな。」
「なんだそりゃ。」
ダンテがいたのは地下室だった。
倉庫の床の目立たないところにある扉から入れるようになっていた。
ダンテが開けていなければ、俺は気づかなかっただろう。
そのかびくさい部屋は、石造りの壁に裸電球というなんとも適当なクソせまい部屋だった。
おまけに、壁に沿うようにたった棚には書類がおいてあるものの、その部屋の大部分は中央の何か四角い物体が占拠していた。
「おい、ダンテ、こりゃなんだ。」
なにやら棚をゴソゴソあさっているダンテに聞く。
「んー。
HMXオクトーゲン。本名は、シクロテトラメチレンテトラニトラミン・・・だっけかな?発火点335℃、爆速9120m/s。TNTの約1.5倍だ。
まぁ要するに、どでかい軍用爆薬だな。そいつがだいたい2キロ。イージス艦でも沈むような分量だ。電気信管のリモコン式、ボタンを押して、3秒たったらドカンだ。」
……なんだかよく分からないが、とにかくすごい爆弾なのだろう。
イージス艦ってのも分からないが、きっと宇宙戦艦ヤマト並みにすごいのだろうとあたりをつける。
つまりこいつは、上手く使えば俺達の切り札になり得ると言うことか。
「さて、後はこいつをどう使うかだ。
まぁまだ時間はある。ブレイドと心中しない方法、ゆっくりと考えるとしようぜ。」
爆弾を、家を脱出した後に爆発させる方法。
それも、この家を取り囲んでいるトカゲをできる限り中に引っ張り込んでから爆発させた方がいい。
パズルだな。これは。
「そういや、『ブレイド』ってのはあのトカゲの名前か?」
「ああそうだ。下級悪魔の一種だが、なかなかにすばしっこい。
ボスを倒せば群れは混乱するハズなんだが、あいにくこっからざっと見た限りでは、ボスはいなかった。
やっぱここは、この家に引き込んでドカーンとやる方法を考えた方がいい。」
「難しいな。」
「難しいさ。」
俺達がおとりになるのが一番単純な手だが、それだと脱出ができない。
空でも飛ばない限りには…
「そうだダンテ、お前、前の時みたいに羽出して飛んでいってくれよ。
あいつら全部家の中におびき寄せてさぁ」
「残念だがそれは無理だ。
ここには結界が張ってあるんでな。こいつは強制的に眠らされる。」
ダンテは背中の剣をたたく。
「多分、フィーが暮らしてたときに彼女の力を押さえつけるために張ったんだろう。
あのオクトーゲンもいざというときの自爆用かな?」
なるほど。確かに筋は通る。
「ならさ、この家がフィーを制御下に置くために造られたんなら、もっといろいろ役に立つもんがあるんじゃねぇの?」
「ふむ。それに関してはさっきそこに90万ボルトのスタンガンがあった。
だが、半分人間の彼女には効いても、ブレイドには蚊に噛まれたほどしか効かないだろうな。」
「ふむ…………」
まいった。さっぱり何も思いつかない。やっぱり正面突破するしかないのか…?
「眠ってるって言ったな。その剣とお前の羽と、なんか関係が?」
「大ありだ。この剣はいわゆる魔剣ってやつでな。雷の魔神アラストルってのが封じてある。
それを解放して、こいつの本来の魔としての能力を俺のキャパシティを持って具現化させる、それが俺にとっての魔人化だ。
だからアラストルが眠らされてちゃ、結界を解いたとしても5分は魔人化はできない。おわかり?」
分かったところでうれしくも何ともない。
「ったく……役に立たない魔神だな。いっそ目覚ましでもかけたら…」
外では、ますます強くなった雨と、遠雷が響いていた。
「いいか、しっかり狙えよ!」
「言われなくてもッ…!」
バスンっ!
アナコンダが吐き出した44マグナム弾が、柵の四隅の一つを打ち抜く。
それだけで、さっきまでの泰然とした様子が嘘だったかのように、柵がぎしぎしうなり出す。
やはり結界となっていたのはこの柵のようだ。
俺の作戦の成功率は、だいたい30%といったところか。
不確定要素が多すぎるとか言って、ダンテも最初は渋っていたが、今思いつく限りではこの方法しかない。
すなわち、目覚まし時計作戦。
ダンテの剣には今、90万ボルトのスタンガンが分解され、加圧器と銅線だけの姿でつながれている。
この状態でダンテが剣を掲げ、電流を流せばどうなるか。
落雷は、おそらくこの剣に直撃する。
それで雷の魔神が目覚めるかどうかは、本人にしか分からない。
だが可能性はある。と、思う。
確かに不確定要素は多い。
けど、やってみる価値はある。
やるしかない。
「最後、壊すぜ。」
俺は柵の結界を構成する最後の一端を狙い、言う。
「ちゃんと耳ふさげよ。」
「おうよ。」
結界の役目を果たしている柵を壊し、オクトーゲンを起爆する。そのときはすぐに耳をふさがなければいけないらしい。
直に来る雷鳴と爆風に、普通の人間の鼓膜は耐えられないのだ。
バスンッ!
アナコンダが跳ね、結界が破壊される。
ブレイド達がどっとなだれ込む。
グルル…と獣のような声を発しながら、ものすごい速さで360度、この家を円周包囲するように押し寄せる。
「まだだ…」
ごろごろと上空では雷雲が、その莫大な自然のエネルギーを蓄えている。
「まだ……」
ブレイド達が、窓を、扉を、その膂力を持ってぶち破り、屋内に侵入する。
顔にかかる濡れた髪がうざったい。
服はびしょびしょで重たい。
「いまっ!」
グッとスタンガンのスイッチを握る。
刹那、あたりがばっと明るくなる。
まるで地震でも起きたかのような、強烈な雷鳴とともに、見事に雷が、ダンテと天をつなぐ。
「来た来た来た!」
バリンとすぐ近くの窓が割れ、ブレイドが踊り出る。
見事なステップで一気にこちらとの距離を詰める。
「今だ押せ!」
ばさっと漆黒の翼が広がり、身体が一瞬重力から解放される感覚とともに、俺は起爆ボタンを押した。
ブレイドの爪が、俺のズボンの裾をビリッと破きつつ、どんどん遠ざかっていく。
一瞬の無音状態の後、
この世のすべてを揺るがすような巨大な爆音が響いた。
真っ赤な炎が俺の身体を明るく照らし、ブレイド達を飲み込む。
次に来る衝撃波に備え、俺は口を半開きにし、目をつむった。
ブオンッという衝撃とともに、ダンテもろとも俺は吹き飛ばされた。
必死にダンテにしがみつく。
次の瞬間、さて、俺は生きているか、死んでいるか?
神のみぞ知る、か……
第五話に続く
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