SILENT EYE
第五話 <ドッグ・ファイト>


「はぁ…、はぁ…、バカみてぇだ。信じられん。生きてるぜ、俺」

「…ああ……そうらしいな。」

俺は心の中でユーサク・マツダに親指を立てた。
俺、ついにアクションではあんたに追いついたような気がするぜ。

さっき吹っ飛ばした廃墟から100メートルほどの所に、俺達二人は大の字になっていた。
ざぁざぁと降る雨は、俺のほてった体をゆっくり冷やしてくれた。
心地よい脱力感が、俺を包む。

「カミサマは、俺達のことなんか嫌いだと思ってたんだがなぁ…」

俺は呟く。

「ああ、それだけは間違いない。」

俺達の耳に届く、無数のうなり声。

「まぁ、足掻くだけ足掻いたしなぁ……」

アナコンダの、撃鉄を起こす。
なぁ、お前もうれしいだろ。最後まで戦いの中にいられて…

「ダンテ、魔神は?」

「もう、無理だ。俺の人間の身体の方が、耐えられん。」

「ああ、くそったれ…」

2重3重に渡る、ブレイドの群れ。 そのど真ん中に、俺達はいた。
もう、戦う気力も体力もなかった。
ただ、今はフィーのことだけが気がかりだった。

ああ、無駄でも一度だけ、彼女を思いきり抱きしめてやればよかった…。

ダンテが投げやりに、でも正確に一匹のブレイドの目を打ち抜く。
そいつは吹き飛んだが、残りは殺気づいた。

一匹が、爪を振り上げ飛びかかってくる。
せめて、一発で死なせてくれよな……

目を閉じた俺の耳に届いたのは、しかし俺の肉が切り裂かれる音ではなく、 高らかなミニガンの咆吼だった。
眩いサーチライトにあたりが照らし出される。

UH−60A『ブラック・ホーク』がM134ミニガンの7.62o弾を吐き出しつつ、悠然とターボシャフト・エンジンをうならせていた。
秒間100発のとんでもない弾雨に、ブレイド達は抵抗するすべを持たなかった。

ヘリのドアの影で、長い金髪と6本の銃身が踊るように揺れている。
『伏せていろ!』 拡声器からの渋い男の声とともに、両舷のハードポイントに据えられたロケットが一斉に火を噴く。
真っ赤な炎とともに、ブレイド達がハデに吹き飛ぶ。

その爆煙に紛れて、俺達の目の前に縄ばしごがするすると降りてきた。
俺は必死にそいつにしがみつく。

ヘリが上昇していく。
ああ、とりあえず、命は拾ったみたいだな……
安堵感で手から力が抜けないようにするのは、結構な苦労だった。





「ずいぶんと大がかりなことになってるじゃねぇか、ダンテ?」

操縦席の隣から、円いサングラスをかけた中年の男がダンテに声をかける。

一方のダンテは、先ほどの緊迫感はどこへやら、今は少し不機嫌そうに銃を分解掃除している。
揺れるヘリのなかでだ。 何かと器用な男である。

「ああ。それもどうやら俺はこの騒ぎのキーマンに勝手にされちまったらしい。 全く迷惑な話だ。」

「そいつはご愁傷様。で、そこの新顔は?」

俺のことだろう。

「ああ、こいつはステン。たまたま騒ぎに首をつっこんできた物好きでな。」

「よろしく」

軽く会釈しておく。

「ああ。俺はエンツォ・フェリーニョっつーんだ。仕事は、まぁいわゆる情報屋だな。
 で、こっちは」

エンツォが後ろの金髪美女を示す。

「トリッシュよ。よろしくね。」

トリッシュと名乗った彼女は、金髪碧眼でスタイルも抜群だった。
今は右肩からたすきがけに弾帯をかけ、反対の肩には6本の銃身を束ねてその上で肩ひもをつけて携帯可能にしたM134、いわゆるミニガンをかけている。

……どうでもいいが、ダンテとはどういう関係なのだろうか。
彼女ならいささか許せない物がある。

「俺もこいつもダンテとは仕事仲間でな。俺は仕事の斡旋を、トリッシュは奴の相棒をやってる。」

相棒。ハ……ダンテも隅に置けないな、こりゃ。

「自己紹介はすんだか? ならエンツォ、頼んどいた情報。」

ダンテが白い銃を組み終わり、初弾を薬室に装填しながら言う。

「へいへい。ありったけ集めといたぜ。にしても条件が広すぎるぞ。『ロスのビル賃貸業者の面白い客』ってだけじゃぁ、俺の情報網にも漏れが……」

「リザ・スタンフォード、赤みがかったボブカットの美女。これで引っかかるのは?」

「せっかちだね、お前も。ちょっと待て…………  
 ……ビンゴ! あったぜ1件、ドンピシャが!」

ふむ。ダンテは答えながら、黒い方の銃からマガジンを取り出し、薬室に装填した分の一発を補充する。
この双子銃が俺の見立て通りただのガバメント・ベースなら、これで7+1発の銃弾が入っているはずだ。
ただし片方の銃はグリップが太めになっていたので、弾倉をダブルカアラムにして弾数を増やしているのだろう。

俺はエンツォのほうに視線を戻す。

「2週間前から、リザって赤毛の女と白髪の男がボナベンチャーホテルの一室を借り切ってる。こいつに間違いないな?」

おそらく間違いないだろう。
白髪の男は、リザの側近、或いは今回の黒幕と考えるのが妥当か。

「ダンテ、お客さんだわ」

トリッシュが弾帯を両肩にたすきがけしながら言う。
その先に見えるのは、雲霞のような、巨大なハエの群。 まぁ、多分ハエじゃないだろうが。

「雑魚だな。たたき落としてやろうぜ。」

ダンテが両手に二丁拳銃をクロスさせる。
エボニー&アイボリーの刻印が、未だ降り続ける雨に濡れ光っている。

「オープン・ファイアだ。」

ダンテが宣言すると同時に、一機のブラックホークから、都合3本の壮絶な火線が張られる。
トリッシュは機首から見て左側のミニガンで、俺とダンテは拳銃で右側から、とにかくめくらめっぽう撃ちまくる。

それでも必ず1匹には当たるほど、敵の数はすさまじかった。
なるべく正確に、敵の脳天にぶち込む。 6発の弾丸はすぐになくなった。

「ちっ」

隣でも舌打ちが聞こえる。 速い。もう両方撃ちつくしたたのか。

「エンツォ、弾!」

ダンテは叫ぶと、自分でまたマガジンを装填し、あっという間に撃ち尽くす。 両手の20発を撃つのに約1秒。
ふと下を見ると、そこにはもうマガジンが6コほど積み上がっていた。

つまり、ダンテは俺が6発撃つ間にマガジンを6コ消費していたのである。
まさにマシンガン並だ。

「行くぞダンテ!」

「おう!」

エンツォと声を掛け合うと、ダンテはバンッ、と横に飛んだ。
同時にエンツォがマガジンを二つ投げる。
ダンテはそれをヘリの空中で、2丁拳銃のマガジンボックスにそのままたたき込んだ。

そのままトリッシュの方に転がり、そちらからまた連射を開始する。
まさに神業である。 いや、悪魔技か。

トリッシュがこちらに歩いてきて、

「ホラ、ぼさっとしないであんたも撃つ!」

怒られた。

「くそっ!」

床にあったクイックローダーで再装填し、今度はこちらからミニガンを撃ちまくっているトリッシュの横で撃つ。
耳が銃撃音に圧迫されてキンキン言う。

とにかく圧倒的な銃撃だったが、敵の数はそれよりもっと圧倒的だった。
徐々に包囲網が狭まる。

一匹のハエが、硝煙の香りの中でさえかぎ分けられるほどの腐臭を漂わせつつこちらに突進してくる。

「伏せて!」

叫びとともにトリッシュがミニガンを投げ出す。
俺は慌ててそれを受け取ろうとしてしまい、熱くなった銃身でやけどをしそうになった。

「臭いのよっ、この………ハエっ!」

ダムッ! 

という音とともに、ハエはトリッシュの腕によって床にたたきつけられる。
見れば、ハエの身体は黒こげになり、黄金色の電流があたりにほとばしっていた。
この世界には恐ろしい女が多い。

かたやダンテも、もはや拳銃は腰にしまっている。
地面に手をついて何をするかと思いきや、そのまま逆立ちで空中に身を投げ出した。
重力に任せたかかと落としで、近づいてきた一匹を難なく撃墜する。

そのままヘリコプターの床の端にぶら下がり、片手を離してヘリの真下の敵を手当たり次第にぶち抜く。
弾が切れると銃を腰にしまい、今度は大きくスイングをつけてヘリの床を蹴る。

そしてそのままその勢いで、中空へとその身を躍らせた。
あっと思うのも束の間、次の瞬間空中のダンテの足元に、まるで予定調和に従うかのように一匹のベルゼバブが現れる。
あわれなその蝿は、ダンテの剣にぐっさりと貫かれた。
ダンテは生の余韻でいまだ浮力を失わない蝿の体を蹴り、ヘリへと戻ってきた。

「クールだろ」

ダンテは得意そうに俺に親指を立て、また宙に舞う。





身を焼き尽くす炎のような興奮の中、ファウストは雲霞のようなベルゼバブと、中央のヘリコプター、そしてもうすぐ来るであろう悪魔と出会う日を、その目で見ようと必死だった。

「1988、1989、1990、すばらしい、すばらしいよダンテ!!
 さあ、やれ! 無敵の狩人よ! 僕を、僕をまたあのメフィストと逢わせてくれ!」

もはや彼の目には何も見えてはいなかった。
赤毛の部下も、その彼女に浮かぶ怪訝な表情も。





「エンツォ! そろそろ着地できる場所を探せ! 墜落したらしゃれにならんぞ!」

あたりには蛆の腐臭。 蝿の数はほとんど減らない。


―――――――1991、1992、1993、1994


ズボッという奇妙な音。

「ダンテ! エンジンに蝿が入り込んだ!」


―――――――1995、1996


「どこか着陸できないのか!」

「仕方ない!ドジャースタジアムに降りるぞ!」


―――――――1997、1998、1999


ドンッ! 重い衝撃。 
機体があからさまに不安定になる。

「このっ蝿野郎がっ!!」



『2000。再会の時だ。』



突然響きだしたあまりにも低い轟音に、俺たちはロスの町を振り仰いだ。
信じられなかった。 ビルが……ビルが沈んでいく。
ダウンタウンの大きなビルが、ベッドタウンの低い民家が、 きれいな曲線を描いたラインに沿って、見る見る沈んでいく。

「…………召喚陣…」

トリッシュのつぶやきに、俺も気がつく。

たしかに、建造物が破壊されたラインは、敷き詰められたロスの町並みと対応し、巨大な召還陣を描いていた。
禍々しく絵画的な、召還陣の文様。

「契約が……完成したのか?」

「そんなはずはない。」

俺の問いにダンテが短く答える。

「俺とこの剣は……まだ、ここにある。」

赤く鈍い光を放ち始めた巨大な召還陣はしかし、 条件さえそろえばとんでもない物を呼び出すだろうと予感するには十分なほどの威圧感を内包していた。
ダンテは操縦席に呼びかける。

「エンツォ、高度を下げろ、駐車場に先に下りる!」

「了解、死ぬなよ!」

ヘリがどんどん高度を落とす。 もう飛び降りても怪我はしないほどの高さだった。
俺が開いたハッチから飛び降りようとすると、ダンテに制止された。

「ステン、悪いがここまでだ。お前を行かせるわけにはいけない。」

ダンテの声とまなざしは、厳しさに満ちていた。

「何でだよ。」

「お前を死なせるわけにはいかない。」

「!! なんだと?」

「俺は半悪魔だがお前は凡人だ。本物の悪魔に、太刀打ちできるはずがない。」

俺はこぶしを握り締める。フィーは敵のところにいる。これから相対するであろう敵の……。
ここで引き下がるわけには、行かない。

「俺は行くぞ。」

「行かせないって言ったろ! 死ぬんだぞ? 怖くないのかお前は!」

怖くないか、だって? お前は、お前はあのフィーの家で、俺になんと言った?

むかついた。許せなかった。

「…………怖がってるのは……お前だろう、ダンテ。」

「なに?」

「お前には、俺の屍を踏み越える勇気もないってのか?
 さっき俺にタマなしといったのは、お前じゃなかったか? ええ!?」

「!!」

「ダンテ、俺は自分を信じてる。だから、戦える。絶対に、死んだりしない。」

「……相手がロスを丸ごと悪魔にくれてやるようなやつでもか。」

「そんなことは関係ない。」

あの日、炎の中で見た彼女の微笑を思い出す。

「俺には、助けたいやつがいる。 ……闇の底から、どうしても引きずり出したいやつがいるんだ。
 だから……だから、俺はもう、引き返すわけには行かない。」

ダンテが驚いた顔でトリッシュを見る。 彼女は微笑を浮かべていた。

「……お前はどうしようもない大馬鹿野郎だ。」

ダンテが口を開く。

「おまけに色ボケだ。救いようがない。」

「自覚してるさ。」

笑っていえた。アナコンダを握る。 今なら本気で、自分を信じてやれる。
お前のおかげなんだぜ? ダンテ……

「なら行くぞ。いっとくが、自由に責任はつき物だ。自分の屍は、自分で責任を持て。」

さて、こっから本番、運試しだ。
笑って親指を立て、ヘリから飛び出した。
生臭い風邪が、下降する俺の髪を弄ぶ。 駐車場へと降り立つと、そこにいたのは、白髪の少年。
遅れてダンテも降りてくる。

「俺はあの夜景が好きだった。ロサンゼルスを弁償しろよ、クソ野郎。」

ダンテは、不敵な笑みを浮かべていた。



第六話に続く


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