SILENT EYE
第七話 <ぼくと彼女と彼女たちの事情>
ひどい気分だった。 吐きそうだ。
とにかく寒くて、どうしようもなく寂しい。
これが、死後の世界なのか?
重いまぶたの感覚が戻ってくる。
そっと目を開けると、そこには一面、真っ赤な空が続いていた。
悪趣味な、空だ。
『思ったより、早かったのね、ステン。……まったく、無茶をしたんでしょう。
ブレンには何も言われなかったの?』
どこからともなく響く、優しい声。 俺はこの声に聞き覚えがある。
「母さん……」
ブレン。俺の親父の名だ。
ゆっくりと、立ち上がる。
ここは一体……、それよりも、俺はあの女に撃たれて……死んだんじゃなかったか?
なのに、このあまりに明確な全身の感覚。
死んだという感じがまるっきりしない。
何気なく目を上げる。
「!!」
そこは、真っ赤な焼け野原だった。
目の前で、炎が燃えている。 遠くから、大勢の人の叫び声。
ビクン!
俺の右手が、持ち主の意志とは別に跳ね上がる。
手が、足が、猛烈な勢いでエネルギーをその筋肉にためていく。
背後の扉から、はじかれたように外に飛び出す。
その紅い日差しの中に、こちらを包囲するようにできた人垣が見えた。
ヒト、ニンゲン、アダムとイヴの仔供達。
(ちょっと待て、何をする気だ、俺。)
俺はその両足に、さらなるパワーをためつつ思う。
何故だかさっきから、見慣れた形状のその生き物が、俺と同類には思えなくなっていた。
いや、同類のハズがない。 奴らは的。
気高き血を引く俺達の、忠実なる、的……
ダンッと足裏に衝撃を感じる。 信じられない速さで、手近な一人につかみかかる。
喉を切り裂き、はらわたを抉る。
純粋な、本当に純粋な破壊のパワーが、今の俺にはあふれていた。
(いや、待て、やめろ……)
目に付いたものを片っ端から引き裂いてゆく。
紅く、紅く、世界が染まる。
そうだ! もっと紅くだ!!
『アイツは、スカーレットの息子は悪魔のコだ!
殺せ! 殺せ!!
殺せぇぇぇっ!!!』
そうだ!
叫べ、おびえろ、逃げまどえ!!
抵抗して、絶望しろ!!
(やめろ、止まれ、俺!)
目の前に現れる、細身の影。
(母さん!!)
殺せ、殺せ、焼き払え。
(やめろ)
殺せ!
(やめろ!)
殺せぇ!!
(やめてくれ!!)
「所詮、人の血と交わるのは、ここが限界なのかしら。」
ドス、という振動とともに、母の胸に突き刺さる、俺の貫指。
「あ………ああ……」
「あなたの血は、とても尊い血。でも、人ではもてあます血。
私は死ぬ前に、その血を封じます。
でもね、いつかは思い出して……。
あなたのおじいさんとおばあさんが、どんなに気高く、すばらしかったか。
じゃあね、私の可愛い、ステ…ン……」
俺は叫んでいた。
喉の奥から、すべてを拒絶する、すべてをかき消す叫びを求めて。
そんなものが出るはずもない。
俺が、殺した?
母さんを?
そんな……ばかな……
「これが、あなたの十年前に起きた、その事実。 ……少し、きびしかったかしら?」
気がつくと、何もない紅い荒野で、母さんに膝枕されていた。
「……いや、大丈夫」
俺は答える。 ゆっくりとして、暖かい、久しぶりの感覚だった。
浮き草が岸に捕まれるときなど、ほんの数秒なのだ。
「でも母さん、俺は……」
「そうね、せっかくここまで来たんだし、話してあげます。
あなたと、そして私の生い立ちを・・・」
―――――18世紀半ば 当時、欧州は、悪魔と人の戦争の真っ最中でした。
たくさんの人が死に、また、その悪魔に対抗するため、たくさんの退魔師が生まれました。
その中でも特に優秀な退魔師の家系に、あなたのおじいさんは生まれました。
名前を、グレイン・フォン・ブラウといいました。
同じ頃、あなたのおばあさんもまた、生まれました。
悪魔の兵隊、レギオンとしてです。
戦場で出会った二人は、お互いに激しく惹かれあいました。
敵味方という差も超えて、身体を流れる血の差さえ、彼らにとっては無意味でした。
グレインは、そのレギオンに名前がないのを不憫に思い、スカーレットと名付けました。
彼女は喜び、二人は生涯をともにすることを誓いました。
しかし、世の中はそう甘くはありませんでした。
スカーレットは悪魔の一族を追われ、グレインは彼女を滅ぼす責務を負わされたのです。
――――私は所詮は悪魔の傀儡。人形の一つに過ぎないわ。私が死のうと、覚えている人は誰もいない……
――――でもスカーレット、僕らには、神より授かった子供が二人いる。二人を逃がせば、僕と君は彼らの中で、永遠に生き続ける。
――――そうだ、スカーレット、僕らが互いを愛した証に、彼らにはこの姓を名乗らせよう。
即ち、スカーレット・フォンと……
そのときの二人の子供が、私と、兄。
私は西に、兄は東に、ともに死なない約束をして、命の危険から逃れていった。
「ちょっと待ってよ、母さん。スカーレットフォンって……」
「だから私の名前は、リンジー・スカーレット・フォン。
アメリカであの人……ブレン・バルバロッサと出会ったから、姓は変わってしまったけどね。」
母さんはクスリと笑う。
「あの娘、フィーって言うのね?
兄の娘の名前を聞いたことはないけど、でも、確かにあの子からも、母さんの血を感じるわ。」
じゃあフィーは、俺のいとこだったのか……
全く、偶然ってのは恐ろしい。
「母さん、俺は死んだんだろ? ……これからどうすればいい?」
「そう、そうだったわね。そのために私がここにいるのだし。」
「?」
母さんが俺の手元を指さす。
「これ……」
それは、いつか夢で見た真っ黒な、卵だった。
中で何かが脈打っている。
「これが、私が封じた、あなたの悪魔の部分よ。」
これが……
今にも殻を破って何かが飛び出してきそうな、そんなあまりに攻撃的な気配がその卵から立ち上ってきていた。
「あなたは、選ばなくてはいけない。
力をあきらめここで死ぬか、
力を手に入れ、悪魔としてよみがえるか……
でも、後者を選んだ場合、ステン、あなたはリスクを負うことになる。
もしあなたのニンゲンの心が、その強大な力を御しきれなかったとき、あなたの心と体は暴走する。
そうなれば、あなたはまたたくさんの人を殺め、たくさんの罪を重ね、すべての人とカミサマに憎まれながら消えてゆくことになる……
私は、あなたの記憶を封印するとき、この選択を一緒にあなたの中に封じ込んだ。
あなたが死んだとき、ここに来るように。
さあ、選びなさい。
あなたの未来を。」
悪魔として、よみがえる……
もしそんなことができるなら、願ってもない好条件だ。
俺が悪魔の力を御しきれなかったときは、ダンテが俺を殺してくれるだろう。
今は苦しい時期だが、彼ならできるという確信がある。
だが……フィーを殺した俺が、今更ぬけぬけとよみがえっていいものか?
俺に………この世で生きる資格が、本当にあるんだろうか……
「母さん、一つだけ……
もし俺が悪魔になったとして、どの程度のリターンがある?
俺の力って………どれほどのものなんだ?」
母さんは少し考え、言った。
「それは、あなた次第よ、ステン。
あなたがどこまで信じられるか、それにつきるわ。」
おもしろい……
面白いじゃねぇか…。
そうさ、俺には力が必要だ。 今ロスにいるダンテ達だって、正直力が必要だろう。
すべてをねじ伏せるだけの、絶対的な力。
死さえ追い払う、強烈な力。
フィー、俺はお前をよみがえらせる。
俺の力で、神の定めた死という法則を、ねじ曲げてやるんだ。
俺の、悪魔の力で。
「聞け、俺の中の悪魔。
お前は、今から俺が行使する。
俺に逆らうことは許さない。
お前の強大な力、そのすべてを、宿主である俺によこせ。
そうすれば、お前をその窮屈な枷から、解き放ってやる。」
純粋な、強烈な殺意の結晶が、俺の持つ卵からあふれ出す。 怒っているのだ。
生意気なニンゲンに対して。
ハ……だから何だってんだ?
所詮お前は俺の中に巣くう一つの悪意、ただそれだけの存在。
それだけなんだ。 俺は唇に笑みを刻む。
「主人は、俺だ。」
卵を握る腕に力を込める。 見る見るうちに亀裂が入り、封印が崩れてくる。
そこから漏れ出す殺意が、俺の意志を浸食しようと重なってくる。
殺したい、暴れたい、殺したい。
そんな欲求をすべてスルーする。俺が求めるのはただ一つ。
―――――フィー!!
「見ろ」
自然に俺は笑っていた。
それは、筋骨逞しい黒い馬の姿をしていた。 俺の、力のイメージ。 その手綱を、俺はしっかり握っている。
「ステン」
母さんが呼びかけてくる。
「ファイトッ!」
俺は右手を挙げた。
急速に、どんと落ちてくるように、俺の体の重い感覚が戻ってくる。
だが、さっきまでとは違う。 今俺の身体には、熱く黒い血が流れていた。
そうだ。俺は、力を得た。
「なっ!! ……貴様、確かに死んだはずでは!?」
横手から驚きの感情に満ちた叫び声と、9o弾が立て続けに飛んでくる。
俺は無造作に手を伸ばした。 掌底から、指先へ。
弾丸をその手のひらのレールにすべらせる間に、微妙な加減で力を加え、弾道と垂直の向きのベクトルを与えてやる。
人間にできる芸当ではない。 だが今の俺には、できるとわかった。
方向を変えた弾丸は、すべて俺の身体の数ミリ横をすり抜けていった。
「くっ……! ファウストが気をつけろと言っていたのは……このことだったのね!?」
ゆらり、と俺はリザの方を向く。
憎い、俺の仇。
殺したい、フィーの仇。
気がつくと、俺は咆吼を上げていた。 信じられないほど太く、凶暴な響きの声が出た。
「おのれ……でもまだ甘い…。
こちらにも、対策はしてあるのよ!」
リザは叫ぶと、金の腕輪をした右手を地面に打ち付けた。
「目覚めよ! 灼熱の破壊者、『ファントム』!」
突如、俺のいる地面の足下が灼熱する。 遅い……… だが確かにある強大な力を悟り、俺は飛び退いた。
刹那、そこには巨大なマグマの柱が出現した。 もしまだあそこにいたら、今の俺でも危なかったろう。
この女……
「さあ、こっからが本番よ? 楽しみましょ、悪魔、ステン・バルバロッサ。」
ウオン!
空間ごと切り裂くかのようなものすごい質量感とともに、ダンテの剣はファウストの身体へと吸い込まれていった。
魔性の能力を最大限に生かした渾身の一撃。
だが、その強大な一撃を、なんとファウストはあっさりとそのレイピアで受け止めてしまった。
その細さに矛盾して、折れも曲がりもする気配がない。
「なにっ!」
予想外の事実にダンテは一瞬狼狽するが、そこはさるもの、すぐさま剣を引き、間合いをとろうとする。
だがそこを見逃すファウストでもない。
雷光のごとき突きが、ダンテの顔面めがけて放たれる。 それをすんでの所でかわし、いなす。
ものの15秒で、ダンテは守りに回っていた。
(くそっ!どういうからくりだ? おまけにこの突き、なんて重いんだ!)
必死で避けつつ思う。
(性に…… 合わねぇっ!!)
グッと剣の柄を握る手に力を込める。
その中から伝わる、魔の波動。
「うえあァ!!」
ダンテの身体が、青白色の電光を帯びる。
ファウストの高速の突きを左手の骨を使って止めつつ、右手一本で巨大な剣をファウストに振り上げる。
そのあまりに大きなモーションは、剣を握った右手を封じられたファウストでさえ、見切るのは容易だった。
かわされ、地面に深々と突き刺さる剣。 ファウストは嘲笑とともに己のレイピアを引き抜こうとする。
「そんな大振りな攻撃、当たるわけが……」
ない、と言う間は与えられなかった。 目の前から、ダンテが消えた。
ダンテは地面に突き刺さった剣を支点に逆立ちし、ファウストの背後をとるやいなや、振り返りざまの強烈な裏拳をたたき込んだ。
かわせるタイミングではない。
ファウストの身体はあえなく吹っ飛ばされるかに見えた。
しかし。
「がっ!」
吹き飛んだのはダンテだった。
裏拳を後ろ手に受け止めたファウストは、その勢いを利用して、ダンテを投げ飛ばしたのだ。
一撃でコンクリートも破壊する、魔神化したダンテの裏拳をその素手で受け止めて。
「ってぇな………一体どっからそんな力が……」
起きあがろうとしたダンテは、しかしそこで硬直した。
ダンテの裏拳を受け止めたファウストの右手は、本来あり得ない方向に曲がっていた。
強すぎる衝撃にやはり生身の身体は耐えられなかったのだ。
「………脆いよね、ヒトの身体って。」
ファウストはものすごくつまらなさそうに、残った左手で剣を持ち、使い物にならなくなった右手を、切り落とした。
「なっ……」
驚愕するダンテを後目に、ファウストは歩いてくる。
切り口から流れ出る血を意に介した様子もない。
「200年も生きてるとね、バカバカしくなってくるんだ。
痛み、恐れ、悲しみ、喜び。
だから普通、ヒトは死ぬものなんだ。
でもそこで、世の中にあきらめをつけなかった人間がいたとしたら?
まだどうしても、禁を犯してでも、この世界で何かを成し遂げたいと思い、それを可能とした人物がいたとしたら?
………僕にとってはもう、ヒトの身体なんてどうでもいいんだ。
ただ、メフィストさえ……あの究極の存在さえ……手に入れば…」
「ハッ! じゃぁてめぇは、肉体を持った幽霊も同然じゃねぇか。」
ダンテは軽口を叩き起きあがろうとした。
(!?)
が、なぜか左足に力が入らない。
バランスを崩し、また尻餅をつく。
「無駄だよ。君は完璧に僕の裏をかいたと思ったかもしれないけど、あの程度の動き、200年も生きてたら、だいたいは読める。
左足の健、切っておいた。
君は逃げられない。」
悪魔の再生力を持ってしても、まっぷたつになった健を復元するには時間がいる。
ぴたりと、ダンテの額にそのレイピアを突きつける。
「さあ、おしまいだ、“狩人”、ダンテ。」
絶体絶命の硬直。
だが、ダンテの口元にわき上がったのは、微笑、嘲笑だった。
「ばかだねぇ。お前。」
ダンテはさも楽しそうに嗤う。
「何を悲劇のヒーロー気取ってんだか。
世の中にはな、楽しいコトなんていくらでもある。
たとえば今の状況だ。
正直、こんな状況になればなるほど、血が高ぶってしょうがねぇ。
ギリギリのスリル。まるで麻薬だ。」
「何を………その楽しいこの世を、お前は去ろうとしているんだ。
この期に及んで、一体何を……」
いぶかしげに眉を寄せるファウスト。
「なぁ、優男。
お前よぉ、そのメフィストっつー悪魔が、好きなんだよな。
じゃあよ、そのメフィストは、お前が死にかけたら、助けてくれるのか?」
ぴくり、と今度こそ決定的に、ファウストの眉が不快感を露わにする。
「うるさい。そんなことはどうでもいいんだ。 何を言おうとお前はもう、チェックメイトだ。」
にっ。
会心の笑みを浮かべる、ダンテ。
「チェックメイト(詰まり手)だって? バカ、ジャックポット(決まり手)さ。」
バヂッ!
強烈な黄金色の電撃が、ファウストの後ろで巻き起こる。 それは見る見るうちに人の形をとってゆく。
美しくなびく金髪と、完璧なプロポーションを描くその身体が、ファウストの首根っこを捕まえた。
不意をつかれたファウストは、抵抗することもままならない。
「まったく……あんたはアタシがいないと優男の一人も相手できないの?」
トリッシュだった。
「よお、信じてたぜ、相棒」
へらへらと笑うダンテに、トリッシュはため息をつく。
「ばかな!? この空間に干渉できる人間など、いるはずが……」
言いかけたファウストの顔色が変わる。
「まさか貴様……!」
「そのまさか。」
ゆっくりとした動作で、ファウストの右手をねじり上げ、剣を奪うトリッシュ。
「………私が生まれたとき、最初に空を見上げたときも、目に映ったのはこの空だった。
私は、魔帝ムンドゥスに作られた、生ける人形なのよ。」
トリッシュの目には、いつもならぬ暴力的な光が宿っていた。
「あんた……おもしろ半分で魔界をいじるのも、いい加減にしなさい。
あいつらは、意志を持った人形をちょちょいのちょいで作れたりするのよ。
それこそ、神と同等の力を持つ唯一の存在なんだから。
ちょこっと長く生きた人間ごときが、どうこうできるもんじゃないのよ。」
ジャキン、とスライドの引かれる音。 ファウストの目の前に、真っ暗な銃口が二つ、並んでいた。
「そういうこった。あの世で後悔するんだな。 ワルい女に惚れちまった、ってな。」
ダンテの人差し指が、銃のテンションを引き上げる。
そのとき。
ズドン、という爆音とともに、赤黒かった空が、一気にロスの曇り空へと転じる。
地響きはそのまま地揺れとなり、ダンテ達の足下をおぼつかなくさせる。
「何事!?」
ロスの町並みを仰ぎ見たトリッシュは、あまりのことに、声を失った。
リザは、こちらの思う以上に2匹の悪魔を制御していた。
右手からは煉獄の炎。 左手からは紅い雷。 それぞれ、右手の腕輪と左手の指輪が力の源のようだった。
地面から噴き出す火炎は、それほどの驚異ではない。
速度があまり速くないので、走ればかわすことができる。
問題は、その走行によって進路が限定されることだ。
先読みが容易になった俺の鼻先に、次々と紅い高速の雷が放たれる。
それを身をかがめ、何とかかわす。
くそ………まずいな。
走りながらアナコンダを抜き出した。
いつもは煩わしいダブルアクションの重いトリガーが、今日はまったく気にならない。
立て続けに3発を見舞う。 狙いは、間違いなく正確なはずだ。
当たる、と思った瞬間、しかし弾丸は、リザの左手から放たれた雷撃に飲まれ消滅していた。
何とか……この間合いを詰められないか?
そう考えながら、一発の雷撃をひょいとかわしたそのとき、俺は自らの迂闊さを呪った。
目の前に、バスドラムほどもある巨大な火球が迫っていた。
つまり、リザの目的は俺の動きをパターンに追い込むことで………
そう思ったときには俺の身体は猛烈な炎に灼かれていた。 とっさに腕で顔をかばう。
人間だった頃の俺なら即死だろう。
どう、と地面に倒れる感触。 身体のあちこちがひりひりして熱い。
くそ………やっぱ、俺一人じゃ、無理か。
「おい、フィー。」
俺はそいつの名前を呼んだ。
「おい、フィー。いつまで寝てるんだ。」
さっきの戦いで、俺の悪魔の血は十分に活性化していた。
「いい加減、起きてくれ。
やっぱ俺、お前がいないと、だめなんだ。」
ドクン。 フィーの鼓動を感じる。
「なぁフィー、お前は、悪魔なんだろ?
なら、そんなとこにぶっ倒れたまま、人間に負けたままで、悔しくないのか?
フィー。
悪魔はな、力だけなら神に対抗できる、唯一の種族なんだ。
だが、それだってギリギリの状態だ。
隙を見せたら、神にやられる。それこそ、あまりに不条理にな。
だから、フィー。隙を見せちゃいけない。そんなとこで死んでちゃいけない。
悪魔は、いつでも笑って、超然としてなければいけない。
フィー、悪魔は泣かない。
泣いちゃいけないんだ!!」
ドクン、ドクン。 共鳴を起こした悪魔の血が、フィーの一度止まった心臓に、再び活力を注ぎ込む。
「そうだ! 立ち上がれ!」
それだけ言うと、俺は銀のナイフを手にリザへと突進した。
「何を……」
リザは右手をこちらへ向けるが、……無駄だよ。
ガォォンッ!
待ちわびていた銃声、454カスールの精密射撃が、リザの右手を吹き飛ばした。
ナイスアシスト、相棒。
悪魔の速力を得た俺は、リザに左手を構え直す暇なんて与えない。
「うおおおおぁぁぁぁぁぁ!!」
渾身の恨みを込めて、リザの胸に、ナイフを突き立てた。
両手が、べっとり血に塗れた。
「フィー!」
フラフラと立ち上がったフィーの許へ、俺は走り寄った。
彼女はちらりと俺を見ると、そのままふらっと倒れかけた。
慌てて駆け寄り、その身体を受け止める。
その身体は、軽くて暖かかった。
ずっと戦ってきた割には質のいい黒髪を、さらさらと梳く。
彼女は俺の胸に顔を埋めたまま、動こうとしない。
肩が震えている。
泣いているんだろうか。
「怖かった……」
下の方から、くぐもった声が聞こえる。
「そうか……」
こんな時、ユーサク・マツダならどう言うんだろう?
少なくとも俺には、いい言葉なんて何一つ出てこなかった。
「今までだって……何回か死にかけたけど………こんなに悲しかったのも、こんなに寂しかったのも、
…ホントに、初めてだった。」
「…………」
じゃあダンテならどう言うだろうか? だめだ、これも思いつかない。
「でも、こんなに生きてるのがうれしいって思ったことも、初めてなの……。
あなたの、おかげ。」
ホントに俺はもうどうしていいか分からなくなって、 仕方がないからフィーを抱きしめた。
しっかりと。
どれくらいそうしていただろうか?
突然巻き起こった、ズズンという地響きに、俺達は我に返った。
これまで赤黒かった空が、見る見る曇りの夜空へ転じてゆく。
「な、何だぁ!?」
慌ててフィーと離れ、ロスの街の方を見て、俺は凍り付いた。
巨大な、とてつもなく巨大な物体が、何か地面からロスの街を押し上げているようだった。
変わらず続く地響きとともに、その押し上げられた街は、徐々に人と言えなくもない形をとっていった。
それはなまっちろく、腕はアンバランスに長い、あまりに醜い女の形だった。
地面から這い出すように腕を掲げ、低く、禍々しい声で、朗々と咆吼した。
長く低く続いたその咆吼は、夜空の空気に混ざり合うようにしてとけていった。
突然、ぐいっと腕を引かれて、俺は転びそうになった。
「ど、どうしたんだよ、フィー!?」
フィーに引っ張られて走りながら問う。
「どうもこうもないわ。
私たちがこうして生き延びた以上、次はダンテ達の心配をするのが、普通ってもんでしょ。
援護に行くわよ。」
なるほど。
得心した俺は、フィーと並んで深夜過ぎのロスを走り出した。
最終話に続く